慈覚大師開山(または中興)の寺院を巡る旅、2日目
慈覚大師略歴は天台宗公式HPをご参照下さい
http://www.tendai.or.jp/daihoue/profile/jikaku.html
本日は毛越寺と中尊寺がメインでございますよん。
0830頃ホテルモントレ仙台を出発いたしまして、東北自動車道へ![]()
毛越寺、中尊寺、厳美渓の順で参りますよん。
本来であれば、レンタカーで1日観光をし、一ノ関駅より帰京
を
した方が効率的なのでしょうが、びゅう
のパッケージですと、
同駅(今回は仙台駅ね)発着なので、平泉までレンタカーでの往復
となりました。
まぁ、東北自動車道が走っておりますので、距離の割には時間は掛からない・・・
はずでしたが・・・
東北自動車道は事故通行止めの為、古川IC~築館ICが通行止めになりまして、
古川ICで降りる大渋滞の中ですよん。
そんな事故の報道はNHKで以下のようにあったようです。
25日午前7時ごろ、宮城県栗原市の東北自動車道の下り線でワゴン車が軽乗用車に追突する事故がありました。さらに、この事故の影響で渋滞が起きていた区間でも、
大型トレーラーなど複数の車が関係する事故がほかに2件、相次ぎました。
警察によりますと、3件の事故で合わせて11人がけがをして病院に運ばれ、
このうち2人が骨折などの大けがをしたほか、9人が軽いけがをしました。
事故に巻き込まれた車は合わせて14台に上るということで、
警察はドライバーから話を聞くなどして詳しい原因を調べています。
事故処理のため、東北自動車道は、古川ICと築館ICの間の
下り線がおよそ4時間にわたって通行止めになりました。
このような通行止めがあるってのが車移動
でのリスクですねぇ。
どうしても、平泉の観光を終えて、仙台まで戻らないとならないという
時間的制約がありますし、精神的によろしくないですわぁ![]()
いくら自動運転装置が開発されても完全に事故を防ぐことは不可能です。
一刻も早く、どこでもドアの開発を望むばかりであります![]()
そんなこんなで、予定より1時間ほど遅れて毛越寺に到着![]()
只今の時刻1119です。3時間弱掛かってシモータであるよ。
まぁ、事故現場直前で完全足止めにならなかっただけでもヨシとしましょうか。
毛越寺公式HPはコチラへ
毛越寺寺名読み方:モウツウジ
通常、越という字をツウとは読みませんが、越は慣用音でオツと読みます。
従ってモウオツジがモウツジになり、更にモウツウジに変化したものです。
そうそう、毛越寺の駐車場は有料【300円】でございまして、
ソコから徒歩3分ほどで、入口に到着を致します。
歩いている時に、あちらからバスガイドさんがやってまいりまして、
僕タンの胸ポケットに入れている”しょうぐうさん”に気付かれ、
「なんのキャラですか
」「どちらで売っているんですか
」
などと聞いてこられましたが・・・”しょうぐうさん”グッズを全国の天台宗寺院で
販売をすれば良いのに…と思う次第です。
今、延暦寺バスセンター売店でしか見掛ませんねぇ。
もしくは通販でございます。
http://ichigu.net/office/goods.php
バスガイドさんとの出会いのきっかけを作りたい方は、
胸ポケットにしょうぐうさんを入れるのがよろしいかと(* ̄Oノ ̄*)
なんのこっちゃい![]()
可愛いのに・・・![]()
グッズの種類は多くないですが・・・
そうだそうだ・・・
皆様に応援を頂きました、
おおつ光ルくんですが、ゆるキャラグランプリ985位でした。
1000位以内に入れたジャマイカ![]()
正面は本堂
毛越寺は慈覚大師円仁が開山し、
藤原氏二代基衡(もとひら)から三代秀衡(ひでひら)の時代に多くの伽藍が造営されました。
往時には堂塔40僧坊500を数え、
中尊寺をしのぐほどの規模と華麗さであったといわれています。
奥州藤原氏滅亡後、度重なる災禍に遭いすべての建物が焼失したが、
現在大泉が池を中心とする浄土庭園と平安時代の伽藍遺構が
ほぼ完全な状態で保存されており、国の特別史跡・特別名勝の二重の指定を受けています。
平成元年、平安様式の新本堂が建立されました。
この後に中尊寺に行きますが、
やはり中尊寺の方が観光客が多い気がします。
周る順番なのでしょうかねぇ
毛越寺はこんな感じでございまして、
大泉が池を中心に時計回りで周るざます
本堂:
毛越寺一山の根本道場であるこの本堂は、
平安様式の建物で、平成元年に建立されました。
本尊は薬師如来で、平安時代の作です。本尊の脇士は日光・月光両菩薩、
さらにその周りには本尊守護の四天王が安置されています。
オンコロコロセンダリマトウギソワカ
大泉が池:
庭園の中心は、四季の美しさを映す大泉が池です。
池は東西約180メートル、南北約90メートルあり、作庭当初の姿を伝えています。
池のほぼ中央部に東西約70メートル、南北約30メートル、勾玉状の中島があります。
池の周辺や中島にはすべて玉石が敷かれています。
昔は南大門前から中島南まで17間の反橋、
金堂側から中島北まで10間の斜橋がかかっていたと古記録に記されています。
橋の四隅に据えられた橋挟石や南の反橋の橋杭は残存しています。
また直径27センチの大面取の橋杭は二本だけ抜き取られて、宝物館に陳列されています。
これは橋の遺構としては、わが国最古のものとされます。
幸いにして、池で泳いでいる人はおりませんでしたぁ~
幸いにして、釣りをしている人もおりませんでしたぁ
幸いにして、佐清をしている人もおりませんでしたぁ~
この小舟は釣り用![]()
って、寺院内で釣りという殺生につながる事をしちゃイカンですけど![]()
似たような写真ですが微妙に違う![]()
開山堂:
毛越寺を開いた慈覚大師円仁をまつる堂です。
大師像のほか両界大日如来像、藤原三代(清衡、基衡、秀衡)の画像を安置しています。
嘉祥寺跡:
金堂円隆寺の西に、杉並木に囲まれてほぼ円隆寺と同規模の土壇があります。
巨大な礎石が完存するこの建築跡は、古来嘉祥寺跡として言い伝えられてきました。
嘉祥寺は『吾妻鏡』にある嘉勝寺に相当します。
この堂跡は金堂円隆寺とほとんど同規模の上に、
同規模同形式の廊が付属することからみて、
金堂なみに高い地位であったことがわかります。
慈覚大師創設とする寺伝はともかく、
少なくとも基衡の円隆寺建立以前から嘉祥寺が存在していたといわれる所以です。
基衡が万宝を尽くして建立した勅願寺で、本尊は雲慶作の丈六の薬師如来でした。
毛越寺の中心伽藍で、東西に翼廊が出て南に折れ、東廊先端には鐘楼(しゅろう)が、
西廊先端には経楼(きょうろう)が附属していました。基壇は石造り壇上積です。
池の東北側にある遣水は、池に水を引き入れるためと造られたものです。
「作庭記」に記述されている四神相応・吉相の順流であり、
曲がりくねる水路の流れに、水切り、水越し、水分けなどの石組が配されています。
毛越寺の遣水は平安時代の唯一の遺構で、全国的にも極めて珍しいものです。
この遣水を舞台に毎年新緑の頃に「 曲水(ごくすい)の宴」が開催され、
周囲の樹木とあいまって平安の雅な情景が作り出されます。
桔梗がわずかに咲いておりました
こちらで、曲水の宴が行われますねぇ
池を挟んで本堂方面
紅葉
し始め
常行堂が見えてまいりました
常行堂でございます
あがって、グルっと一周してみました。(時計回り)
現常行堂は、享保17年(1732)に仙台藩主伊達吉村公の武運長久を願って再建されました。堂は宝形造りで須弥壇中央に本尊・宝冠の阿弥陀如来、
両側に四菩薩、奥殿には秘仏としてあがめられている摩多羅神(またらじん)が
まつられています。摩多羅神は修法と堂の守護神であり、
地元では古くから作物の神様として信仰されています。
奥殿の扉はふだんは固く閉ざされ、33年に一度御開帳されます。
(次回の御開帳に生きている自信が無いですなぁ
)
祭礼の正月20日は、古式の修法と法楽としての延年の舞が奉納されます。
常行堂でした
鐘楼
鐘のつき方が書かれてますねぇ。
1回500円です。今回、やりませんでしたけどねぇ
お願い事を書く割符もありますので、500円は適正価格かも。
(適正とは、価格とはなんぞや
)
紅葉を見に、行こうよう
気分は高揚するね![]()
(※見事な”コウヨウ”の掛詞ですね)
洲浜
本堂方面
正面は常行堂
そんなこんなで
高館義経堂へ向かいましょい









































