少し前に先祖供養のご相談で、その方の先祖を調べていた時に、「大田田根子」の話を読むことがありました。
大田田根子は三輪氏や加茂氏の祖と言われています。
また「大田」は纒向遺跡がある桜井市太田に関連する名前で、巫女の家柄の女性だと言われているそうです。
奈良のホケノ山古墳を大田田根子の墓と見る説があるという話に驚きました。
ホケノ山古墳は看護学生の時に行っていました。10年以上前の話かもしれません。
ホケノ山古墳から近かったので、箸墓古墳もセットでまわりました。
wikiを読んでいて、その時のことを思い出しました↓
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倭迹迹日百襲姫命(やまとととびももそひめのみこと)に神がのりうつり、自分を敬えば自然に疫病は平らぐと言った神がいた。
不思議に思った天皇が名前を尋ねると、「私は倭国の域(さかい)の内にいる神で、名前は大物主神という」と自己紹介をした。
この神のお告げにしたがってお祀りをしたが、効果はなくそこで、天皇は斎戒沐浴し、「殿」(みあらか)のうちを清めて、「自分の信心が不十分なのでしょうか、夢の中で教えてください」と頼んだ。
すると、その日の夢に貴人の姿をした大物主神が現れて、
「大田田根子(おおたたねこ)と市磯長尾市(いちし の ながおち)をそれぞれ大物主神と倭大国魂の祭主にすれば、天下太平になる」
という内容であった。
(『日本書紀』巻第五より)
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そういう流れもあって、大田田根子に大物主さまを祀らせたそうで、それで大田田根子が三輪氏の始祖になっています。
当時、箸墓古墳に行った時に視えた女性を見たときに、正直うーん;;となりました。
最近になってwikiの上記の話を読んで、地位や権力はあっても巫女的な力がそこまで強くなかった方なのかもしれないと感じました。
実は当時、奈良に行くなら古墳も寄ってみようとなったのが、カルラ舞うの作者の永久保先生が、奈良に行った時の体験記で箸墓古墳とホケノ山古墳を紹介していたのがきっかけでした。
作品の中では箸墓古墳の巫女とホケノ山古墳の巫女は、敵対勢力にあり、巫女としての能力はホケノ山の巫女が上だ、というようなことが描かれてありました。
本当かな?と思って行ってみたのですが、ホケノ山古墳はとてもエネルギーがきれいだったので、ホケノ山の方が好きだなーと思って帰りました。
ちなみに古墳に行ったときに、すぐそばの草むらをツチノコにそっくりなへびのような生き物がシュッと横切ったのを見ました。
なにあれ?って思った後に、古墳を降りて「マムシ注意」の看板を見つけたときは白目になりました(;゚Д゚)
でも後からマムシの画像をネットで見たけど、普通の長さの蛇ですよねぇぇえええ。。。
私がみたのはツチノコにそっくりで、胴体も短かったです。
当時は
「ホケノの巫女はきっと、龍神を祀ってたから私に蛇を見せてくれたんだ」
と、良い方に考えてました(笑)
とりあえず、そういうことにしておきます(´-`)
大田田根子の時代はヤマト政権がまだ不安定な時代でした。
皇室以外の豪族も力を持っていたでしょうが、地位を持った巫女が乱立して色々な神託(合戦?!)があったのかもしれませんね~。

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