2年前(2018年)の今日、母が他界しました
私は若い頃、好き放題身勝手をして、出産前に子供の父親と別れて実家に戻り、出産から育児まで面倒を見てくれました
正に無償の愛ですね
文句を言われながらも何やかんや言っても孫は可愛いようで
うちの娘がちょうど5年生の春休みから入院し、6年生になって直ぐバアバがいなくなってしまいました
私は既に会社を長期休暇取得させてもらっていて、毎日付き添い、週末は病室に泊まるという日々でした
亡くなる前夜、帰宅する前に母が大好きな巨人の試合をBSで流しタイマーにして病室を出ました
ほとんど意識はなく、音だけでも聴こえてたらいいなと言う思いで帰路につきました❗
当日の朝は午後から雨の予報だったので、実家に寄り調味料などを取りに行きました!その時、仏壇で父に『迎えに来たらあかんよ!』と言っておきました
冷蔵庫が閑散として扉が軽くなったのを覚えています。本当に母は戻れないのかな?戻ったら新しい調味料を揃えてあげようと思いました。 慌てていつもより少し遅い地元駅発10時31分に乗りこみました。『お母さん、待っててね』と心でつぶやきながら…
すると電車の中で主治医から電話が!いつもなら出ませんが今回は端に移動して小声で出ました。
心拍数や脈がさがっているとのことでした。
それから10分後ぐらいには病室に着きました!
病室に入ると主治医や副主治医(?)看護師さんが母を囲んでいました。ベッドサイドの心拍計が0になっていました
主治医が『先ほどしゃっくりのような息を2回されて呼吸が停止しました。』と
心臓が停まったことを兄にLINEし、後は『お母さん、お母さん』と連呼して泣きました
一人で逝かせてしまった、ごめんね、寂しい思いさせて
主治医から午前10時54分に死亡確認をされました
それから30分ほどして兄が到着。看護師さんたちが綺麗にしてあげるのを一緒にやろうと言ってくれました
頭を洗ってあげてドライヤーまでしてフワフワに。顔や手が冷たくなりつつあったけど、脇や背中が温かくて辛かった。下の世話の間は外に出で、後は用意していた大島紬の遊び着を着せて、霊柩車に同乗し、家に帰りました
GWから重い話でごめんなさい!
今朝は親子で死亡時刻に黙祷をしました
大好きな朝ごはん(鮭と卵焼きとお漬物)、食後のコーヒーもお供えしました
