その昔、刀剣を、兵杖と呼び、朝廷の官工が、調製していた。

兵杖は、朝廷の物であり、一般は、所持、佩帯は、許されていなかった。

地方に任官者が、領地、荘園を所有するに至り、その私兵が、禁を犯して、兵杖を持ち、やがて軍事貴族の武士が、誕生したと、研究者が、書いていた。

実際に見たわけではないから、知らない、歴史は本当に正しく伝わっているか、疑問な所も沢山ある。

弓箭、兵杖で、どの様にして、戦闘してたかも、あづまかがみや、平家物語、平治の乱の絵巻を元に、想像するしか無いのです。

昔、昔の言葉、発音、意味、また、漢字の回りに着いた、朱の点の打ち方を知らなければ、てをにはを着けて、読み下す事も、困難なのです。

和をもつて尊しとなすも、別な読み方があり、正しく伝わっているのが、どちらなの?

と、言う事だって有るのです。

遡ろうとすると、必ず、何かしらの疑問に当たります。

古典を読み、学んでも、生きていた時代、生活様式、文化やら、色んな価値観が、今、正に受けとる人と、同じではないはずです。

戦争の絶え間ない頃に書かれた、平和論。

安泰な時代に書かれた、戦争論。

食べ物が無い時代に書かれた、料理書。

身分の違い著しい頃に書かれた、政治の本もあります。

そうそう、この日本国で、帝王学と、呼ばれるものも、そんな身分の違いが著しい頃に書かれた物です。

もとは、中国の聖哲として知られる、太宗皇帝の治世の徳を記した本です。

幸いな事に、我が日本国は、欠したる所なく、全て、左傳まで、揃い読む事が出来ます。

なんて、幸せなのでしょう。

世界の歴史を見ても、まれに見る善政の統治を、西洋社会でも認められるくらいの時代を、書いてます。

なぜ、このような立派な書物が、日本国の政治に反映されないのか、不思議です。

善いことが、書いてあります。

徳川家康が、最初に活字で作った本が、この本です。

明治天皇の政治に反映されたのが、この本です。

民は、水、国家は舟。

水が波をたてれば、舟は沈むの教え。


曲がりくねった木は、切って短くして、使え。

そこには、善政に叶う心があれば、いかようにも学びとれるものが、有るのです。

ある方に尋ねれば、政治に携わるならば、基本中の基本とまで言われました。

国家は八本の柱により建ち。

四維によって張られる。

一に曰く、礼。

二に曰く、義。

三に曰く、廉。

四に曰く、恥。

これがないと、ダメだ!

と、書いてあります。

また、後で、かくかも知れません。





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