ランチの時間、病理の先生が

マイデスクでサンドイッチをめしあがっていた。



その、机の上にあったひとつのびん。


先生は、そのびんを眺めながら

食事をとってらっしゃるのだった。




うら若き女子医学生Sちゃんが見たその中には、



とある大腸疾患




ホルマリン漬けの




標本



が浮かんでいた…。




(大腸に、ポリープが多発してしまう疾患)







Sちゃんはもともと、


魚のタマゴなど密集したつぶつぶ

ニガテであった。



標本はぶつぶつ…いや、つぶつぶしていた。



まさに彼女のニガテなつぶつぶだったのだ。



そのつぶつぶ感覚に、背筋凍ったSちゃん。





「せ…先生!!

標本を机に置いたまま

ごはん食べるんですか!」




まだ医学部に入って間もない乙女は絶叫した。






すると某先生はにこにこと答えた。





「ああこれ?

これはちがうんだよ。



死体の一部だと思えば

不気味かもしれない。




でもね、これは手術標本だから。




もとの持ち主は、とっくに

元気になって退院したんだよ。




生きた人から

取ったものだから、


気味悪くない…だろ?」



生きている人のカラダの一部だから平気…



そういう問題なのか?

Sちゃんは、某先生はいいひとだけど

その感覚にはついていけない、とのちに語った。






p.s.いよいよ記憶力がネタギレてきたので、これは

医学生前半当時のメモから再現してみた記事。




あのころは


きゃあ!なんと豪傑な先生でしょう


と思ったものなんだけど。




医学部卒業してみたら



それはフツーじゃん、


標本をいちいちキモいとか

思うほうがおかしいジャン


という感覚になってしまった。



もちろん、生きた人の組織だから平気とも思わないけど、

遺体を気味が悪いなどとも思わない。


気味が悪い、などというのは失礼に当たるからだ。


亡くなった方や標本にされた組織が不快に思われるとは

考えないけれど、こちら側の意識と誠意の問題で。




ただし、この話を聞いた当時、

現役のぴちぴちなりたて医学生だったころは


確かにSちゃんに共感していた


はずなんだが、



いろいろな実習を経てきた今は


某先生側の感覚に近くなっている。


どちらがありうべき感覚なのか。

それは難しい問題だ…。




今思うのは

…馴れってこわい



ということなのだった。



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bana02