明け渡しのレッスンに
真っ正面から向き合いました。
自分の行為の結果をあれこれ想定しないで、
今できる最善と思われる行為を精いっぱいし、
あとは相手にゆだねる。
それはまるで、
受け入れざるを得ない大きな流れのなかで、
小さな枯れ葉になったような気分でもありました。
本当に怖くて、
体が震え鼓動が高まり、
心臓が口から飛び出そうになりながら、
すべてを失う可能性を感じながらも、
ひとつひとつ正直に行為を重ね、
その結果が起きたら、
またその結果を受けての次なる正直な行為。
それを繰り返していたら、
目の前に広がる現象は、
私の想定をはるかに越えた、
そう、まさに、
エゴを越えたものになりました。
そっか、そういうことか。
明け渡す
ゆだねる
執着を手放す
surrender サレンダー
ヨガの学びのなかで幾度となく出会うこれらの言葉の真意が、今少しわかったような気がします。
この数ヵ月、様々なことが重なりすっかり心打ち砕かれ、
周りへの配慮を忘れ、
正確な判断力を失い、
自分都合で自分勝手に人を利用し、
ごまかし嘘をつき、
腹黒く浅ましく生きていました。
そんな私は八方美人の八方塞がりな状況になり息苦しく虚しさでいっぱいになりました。
新しい暮らしは、これらを土台にしてるため私の中では重苦しく闇に包まれたような感覚があり、どうにもこうにもならない感でいっぱい。
生きる方向性を見失った私が立ち向かったのが、明け渡しのレッスンでした。
ことは軌道修正され、
展開は逆戻りのようなこととなりましたが、
心は軽く平安となり、
今、久しぶりに安堵を感じています。
はちゃめちゃにぶち壊した結果、気づかされているのは、
ただただ誠実に生きよう。
それだけです。
誠実さと感謝の心を取り戻すこと、それだけです。
自分の心を見つめ磨き、
境涯を高めて生きていたい。
そのことで、私という存在感をいかしたい。
このことを腹の底から理解するために、
今回体験したことすべてが必要だったんだと理解してます。
人生が混乱したとき、
私は最善を祈ることの強さを聞かされ、
それからはずっとずっと、
最善を祈り続けています。
何が起きていようが、この経験はプロセスのなかで最善なんだということを心から信頼し過ごしています。
それは誰にとっても今最善が起きてるという理解につながりました。
自分を知り、
存在感を磨き、
体験の意味を深く理解すること、
それが肉体をもってここで生きてるわけであり、そこに内在する命、魂を成長させるんだと感じます。
いつもいつも、
心から最善を祈ります。
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私が幸せでありますように。
あなたが幸せでありますように。
すべてが最善に導かれますように。
魂の喜びと癒しがすべての人に訪れますように