女性性が開かれていくプロセスで、

 

私の中にある根源的な願望が、

また強く湧き上がってきました。

 

「やっぱり子どもが産みたい」

 

 

この数年は、本当にもういいや、と諦めていたのですが、

 

くすぶっていた火種にふっと風が入り、

大きな炎に燃え上がってしまったかのように、

 

再び、この思いが浮上してきたのです。

 

これまで何度も何度も夫と話し合い、

 

最後は喧嘩になったり、

 

彼の言い分をのむような形で、

 

わかった、今生、子どもを産むのは諦めると、

見送ってきたテーマです。

 

でも、最後までやっぱり諦められなかったんですね。

 

 

女45歳。

 

本当にこのまま子どもを産まなくていいの?

 

もうラストチャンスでしょう。

 

 

そんな声が自分の中から聞こえてきます。

 

 

赤ちゃんを授かりたいキラキラ

 

お腹の中で育まれる命を感じたいキラキラ

 

そして出産を経験したいキラキラ

 

 

女の本能ともいえる感情が、

あとからあとから湧き上がり、

 

抑えようのない力になっていました。

 

 

夫との結婚生活は10年。

ともに再婚だった私たち。

 

夫には前妻との間に3人の子どもがあり、

私にはいませんでした。

 

 

夫はというと、結婚前から「もう子どもは欲しくない」という、

はっきりした意見がありました。

 

 

私はというと、

 

子ども、欲しい。

 

欲しい。

 

でも、怖いあせる

 

 

という否定の想いが常につきまとってしまうのです。

 

 

何が怖いんだろう。

 

 

この恐れへの探求は、

 

今生の生い立ちからくるトラウマはもちろん、

過去生での経験も含め、

 

そうとうな時間をかけて、みてきた気がします。

 

 

アルコールとギャンブルに依存し借金だらけの父と、

 

辛抱強く、淡々と、清掃や洗い場のパートをやり続けた母、

 

そんなふたりの間で育ちました。

 

私が小学校にあがったあたりから、

家の中には日常的に暴力があり、

 

子どものころから、

 

心満たされ、

 

安らぐ経験が少ない私です。

 

 

親子の関係で受け取った

 

「痛みの連鎖」を、

 

私は心奥深くに、

 

「生きることへの不安」

 

「子育てへの不安」

 

として残してしまったようです。

 

 

そして過去生での経験については、

 

※これは私なりの解釈であるという前提で書きますが、

 

過去、何度も、

 

 

妊娠したことで殺された。

 

赤ちゃんと共に殺された。

 

女性であるということで殺された。

 

 

といった経験をした感覚が今の私の中に残っていて、

 

そのことが、私の源に深い傷を残しているように感じるのです。

 

 

***つづく***

 

 

私が幸せでありますように。

あなたが幸せでありますように。

すべてが最善に導かれますように。

 

魂の喜びと癒しがすべての人に訪れますように。