いつからだろう。
夫との口論が絶えなくなったのは。
ケンカしては仲直りの繰り返しが日常的になり、
ふたりの間におだやかな時間が少なくなっていった。
年々広がる農地。
12年、初めてお借りした畑は1反ほどでした。
それが、15年、16年とお借りする面積がどんどん広がり、
17年、ついに田んぼも始めることになり、
あぁ、気づいたら全部まとめて約1町歩。
つまり5年で10倍になってしまったってこと!
もちろんすべて自然栽培。
夫のこだわりの畑です。
地に足つけて生きる。
とにもかくにも畑に赴き、
自然の移り変わりを全身で感じた日々でした。
その美しさに感動し、
その厳しさに圧倒され、
畑でどれほど涙を流したかわかりません。
植物や虫、それ以外も、
見たこともないような命との対面を
たくさんたくさん果たしました。
言葉にならない歓びもあった。
魂が震える瞬間も数え切れないほど体験した。
あぁ、この暮らしを選んでよかった。
自然の中で生きるってなんて素晴らしいんだ。
と毎日が感動の連続でした。
と同時に私の在り方も、
どんどん変わっていきました。
14年の夏、愛猫ラーマの事故をきっかけに、都内でのヨガのお志事を減らしていき、
おだやか家の女将として「料理教室」や「だいずのいのち」、他にもたくさんのイベントの切り盛りが中心になっていきました。
直感的なひらめきを行動に移した16年ごろ。
「暮らし着」や「観音ヨガ」といった活動を生み出したものの持久力がなく、たくさんの皆さんの協力を受けつつ期待に沿えなかったと落ち込んだ時期でもありました。
そんな中、驚くべきは、私たちを題材にした映画まで生まれ、私たちの思いや活動を雑誌やウェブメディアでご紹介いただくなど、思いがけなく広範囲な、そして華々しいい展開となっていきました。
このことに関しては、素晴らしい人、仲間とのご縁に恵まれたとしか言いようがありません。
おだやか家に関わってくださったすべての皆さま、本当にありがとうございました。
豊かさを体験させてもらいました。
ですが同時に、
なにか歯車が狂い始めたような感覚がありました。
なんというか、一番大切にしたいパートナーとの関係が、息苦しくなってきたのです![]()
悲しいことに、
夫との口論が増えていきました。
家でも畑でも、なんだかしらないけど泣いたり怒鳴ったり、
私はいつも怒られ泣かされている。
私は全然大切にされてない。
尊重されてない。
愛されてない。
そう感じるようになっていきました。
そうなると、私も夫に対して、
強い口調で断定的に、
なんで私のいうことわかってくれないの。
もっとこうしなさいよ、あーしなさいよ的な、とても支配的なもの言いになっていきました。
お互い自分の思いや価値観を押し付けあうような対話になっていったんですね。
感情的な私に対して、厳格なまでの理路整然とした思考で対応する彼。
「論理的な夫」と「感情的な妻」。
どの家庭にもある男と女の基本的な図式ですが、我が家の場合、これが少々突出している傾向があります。
なぜなら、
夫はアスペルガー症候群なのです。
(※アスペルガー症候群については今後丁寧に書きたいと思っています。)
そもそも、私たち夫婦は、
「一般的な家庭」ではなく、
かなりの「機能不全家族」で育ちました。
それぞれに癒されないインナーチャイルドがいて、人格形成に相当な影響を与えているふたりです。
特に私は自分をかなりいびつな人格だと自覚してます。
それに加えての夫のアスペルガー症候群となったわけです。
しだいに、
夫とのコミュニケーションに
難しさを感じるようになりました。
私自身、
イライラと怒りっぽく、
何をやっても満ち足りず、
自信がわかず、
欝々とした気持ちで過ごすことが増えていきました。
(※後にこういった状態を「カサンドラ症候群」というのだと知り、腑に落ちたのでした。)
激しいケンカをしては、
気持ちを立て直し仲直りを繰り返す毎日に、
私はどんどん疲弊していきました。
もちろん、夫もそうだったでしょう。
「おだやか家」、とは、
おだやかな家庭から世界平和を、
という思いで生み出した場です。
その当のふたりが、
いっつもケンカばかりしてたら話にならないですね。
全然、おだやかじゃなくなってしまいました。
苦しかった。
本当にどうしていいか、
わからなくなっていきました。
そして、その思いがピークに達した17年の夏ごろ、私たちの間に、これまでにない破壊の波が訪れました。
***つづく***
私が幸せでありますように。
あなたが幸せでありますように。
すべてが最善に導かれますように。
魂の喜びと癒しがすべての人に訪れますように。