1月は、ハワイ王朝転覆にまつわる史実について書いています。
まさに、212年前の今日、
ハワイ王朝は、転覆直前の状態だったからです。
1893年1月14日
ハワイの8代目女王リリウオカラニは、
白人に有利でハワイアンに不利な現行憲法から
ハワイアンにも有利な新憲法を発布しようと
草案を準備。閣僚たちを招集しました。
しかし、これに白人たちは反発し、
1月16日、白人市民の大集会を開きます。
これに対抗し、ハワイアンたちも大集会を開きます。
それぞれ一千人をも超える集会で、ホノルルは騒然としていたと言います。
そこに、白人側からの要請で、
アメリカ海兵隊がイオラニ宮殿を包囲。
そこで平和的解決のため、リリウオカラニは文書を出します。
・ハワイ王国政府に対する反逆行為に、抗議する。
・衝突により、たくさんの生命が失われるようなことは、なんとしても避けたい。
・私が君主として復位するまで、いったん、
私の権限を放棄する。
と。。。
そして、ついに1月17日、
アメリカ系白人による暫定政府が樹立され、
ハワイの王制は廃止されます。
リリウオカラニがハワイアンのために動いてから、
わずか4日。
激流に巻き込まれるようにハワイの歴史は、大きく流れを変えました。
海洋の民が起こした悠久の流れが、アメリカに向かって引き込まれていきました。
そして、暫定政府が樹立して1年半後、
1894年7月4日、アメリカの独立記念日に合わせて、
ハワイ共和国として独立宣言がされました。
この頃の気持ちを歌った曲も、たくさんあります。
フラで出会うことも、たくさんあると思います。
ややこしくて追いにくい、このあたりの歴史ですが、引き続き確認していきたいと思います。
