我らが、ジョン万次郎といえば、
居酒屋さん、ではなくて、
1841年、歴史上の人物として初めて
ハワイに上陸した日本人です。
ーーーその前にも漁船の難破により
流れ着いたり、捕鯨船に助けられたりして
ハワイに上陸した日本人は何人もいたようです。
万次郎も、乗っていた漁船が難破し、
仲間とともに鳥島に流れ着き、
やがて捕鯨船に助けられ、
最初に上陸した島がハワイ、オアフ島でした。
ジョン・マン(こう呼ばれていた)14歳のとき。
ハワイは、カメハメハ3世のときでした。
その後、ジョン・マンは、仲間と分かれ、
捕鯨船の乗組員となり、船長の養子となり、
アメリカで英語、航海術などの教育を受けます。
そして、再び、日本に帰ることを決意して、
ハワイによって、ハワイに残った仲間と帰国します。
仲間のうち1人はハワイ人と結婚、ハワイに残ります。
その他の仲間と3人で、中国、琉球経由で、
日本に戻ってきます。
万次郎24歳、
日本は黒船来航の2年前。
アメリカを見てきた男として、
その後、開国に向け、
国を方向付ける人として
影ながらも大きな影響力を持ちます。
まさに波乱万丈の人生です。
我らが日本人が、大きく人生を変えるとき、
いつも立ち寄らざるを得なかったハワイ。
もちろん、嬉し、楽しいハワイですが、
ジョン万次郎を想うとき、
身が引き締まる思いがします。
太平洋の真ん中のハワイ。
航海や人生の中継地点となるハワイ。
ハワイには、いろんな人生がうずまいて、
それでも、それだからこそ、
いつも、キラキラと輝いているのかもしれません。
ジョン万次郎、72歳でこの世を去ります。
お墓は東京の雑司が谷霊園。
私達の活動拠点のすぐ近くです。
遠くまで旅した敬意の人が、
すぐ近くで眠っています。
なんだか、遠い昔のお話しが、
すぐそこで語られているような、
波の音まで聞こえてきそうな気がします。
近く、お墓参りに行ってきましょう。

居酒屋さん、ではなくて、
1841年、歴史上の人物として初めて
ハワイに上陸した日本人です。
ーーーその前にも漁船の難破により
流れ着いたり、捕鯨船に助けられたりして
ハワイに上陸した日本人は何人もいたようです。
万次郎も、乗っていた漁船が難破し、
仲間とともに鳥島に流れ着き、
やがて捕鯨船に助けられ、
最初に上陸した島がハワイ、オアフ島でした。
ジョン・マン(こう呼ばれていた)14歳のとき。
ハワイは、カメハメハ3世のときでした。
その後、ジョン・マンは、仲間と分かれ、
捕鯨船の乗組員となり、船長の養子となり、
アメリカで英語、航海術などの教育を受けます。
そして、再び、日本に帰ることを決意して、
ハワイによって、ハワイに残った仲間と帰国します。
仲間のうち1人はハワイ人と結婚、ハワイに残ります。
その他の仲間と3人で、中国、琉球経由で、
日本に戻ってきます。
万次郎24歳、
日本は黒船来航の2年前。
アメリカを見てきた男として、
その後、開国に向け、
国を方向付ける人として
影ながらも大きな影響力を持ちます。
まさに波乱万丈の人生です。
我らが日本人が、大きく人生を変えるとき、
いつも立ち寄らざるを得なかったハワイ。
もちろん、嬉し、楽しいハワイですが、
ジョン万次郎を想うとき、
身が引き締まる思いがします。
太平洋の真ん中のハワイ。
航海や人生の中継地点となるハワイ。
ハワイには、いろんな人生がうずまいて、
それでも、それだからこそ、
いつも、キラキラと輝いているのかもしれません。
ジョン万次郎、72歳でこの世を去ります。
お墓は東京の雑司が谷霊園。
私達の活動拠点のすぐ近くです。
遠くまで旅した敬意の人が、
すぐ近くで眠っています。
なんだか、遠い昔のお話しが、
すぐそこで語られているような、
波の音まで聞こえてきそうな気がします。
近く、お墓参りに行ってきましょう。
