どうも、別格です。



「心配事の9割は起こらない」


そんなタイトルの本がありましたよね?



とある実験結果では、心配事の80%程度は起こらないし、残り20%のうち15%は対処可能。


つまり、心配事の5%が現実となるらしいです。



こんな話を聞くと、まずその実験の前提条件はどんなだったのかが気になってしまうのがリケジョの性です(笑


だってさ、心配事の期間を決めておかないと実験結果の出しようがない。


「孤独死は嫌だ!」と言う心配事をしたら、その人が死ぬまで待たなきゃならないし、嫌だと思っているか確認が取れないじゃないですか。


まぁそんな細かい事は個人的興味の話なので一旦置いておきます。



つまりは【心配事のほとんどは杞憂に終わる】と言うことが大事なわけです。



でもわかってはいるけど、渦中にいる時はそう思えなかったりします。



私も先日あれこれ心配していたことがあったんですけど、終わってみれば心配する必要すらなかったことがありました。


神の采配というか、お釈迦様の手のひらというか。



でも心配したからこそ心配する必要はなかったと思えるわけですよね?



日常生活で、トイレの水が流れなかったらどうしようとか、洗濯して干したパンツが飛ばされたらどうしようとか、そんなに心配していないじゃないですか。


してたらごめんやけど。



だから心配するって事は、そこに心を配っておく必要がありますよ、と言うサインではあると思うんです。



ただ自分が思うような悪いことが起きるわけじゃないし、大概は見当違いしているってことだけで。


事実、今回も全く見当違いの心配をしていました(苦笑



心配事の9割は起こらないけど、心配不要ってことでも心配しちゃだめってことでもないんじゃないかな?


そんなふうに別格は思います。


ではまた。