どうも、別格です。
お盆ですのでお墓参りに行ってきました。
母方のお墓参りは10年は足が向いていなかったんじゃないかと思います。
離婚してから一度行ったような…と記憶が朧げなぐらい。
お墓参りに行きましょう。
ご先祖様に感謝しましょう。
それが一番の開運です、
みたいなことを聞くたびに、まぁそりゃそうだよな、と思いつつなんとなく避けていた感じ。
子どもじゃないので遊び相手のいとこやはとこがいないからってわけでもないし、
父方の実家の方が距離的には遠いのに出かけている頻度は多いわけで距離の問題でもなさそう。
どうして行かなくなっちゃったんだろう?
母方の祖母は母カズコが小学生の時に亡くなっているので叔母が実家を守っていました。
叔母の孫(はとこ)とわたしが同じ歳だったので実際おばあちゃんみたいな存在でした。
おしゃれでユーモアがあって大好きな叔母でした。
その叔母が亡くなったせいで行かなくなっちゃったかなと思ったんですけど、それもなんか微妙に違くて。
で。
ぐるぐる考えを巡らせていて気がついたんです。
母方の実家に足が向かなくなったその理由。
それは実家での母カズコの振る舞いがイヤだったみたいです。
実家にいると母カズコがなんとなく我が物顔をしているように見えるんです。
東京風を吹かせて見たり、話を盛ってみたり。
叔母の息子の嫁に姑ばりに厚かましかったり、反対におべんちゃらを言ったり。
今でいうマウンティングみたいな感じでしょうか。
そんな普段とは違う母カズコを「恥ずかしい」と思っていたようです。
叔母が生きている時はそれが目立たなかったんでしょうね。
それに子どものわたしにそう見えていただけであって実際のところはわからないし、
大人になってみれば「そんなこともあるよね」くらいにしか思わないことです。
この「恥ずかしい」って思う気持ち、なんなんでしょうね。
じぶんにも同じような気持ちがあって、それを引っ張り出してきて目の前で見せられるから「恥ずかしい」って思っちゃうのかもしれませんね。
例えば。
すぐに「それいくら?」って聞いてくるひとがいるじゃないですか。
その対価の正当性、損得を判断されてるみたいでイヤなんですけど
それって私自身が損得勘定で物事を見ていたり、金銭感覚で人を判断しているから
同じことを自分にされているようでイヤな気持ちになるんだろうなと思うわけです。
だって比較すらできないような超セレブリティのイーロンマスクさんが車を買ったって言ってたら平気で「いくら?」って聞けそうですもの。
マウンティングできないでしょう?
なんかそんな「恥ずかしいジブン」に出会うのがいやで、ご先祖様に会いに行かずじまいだったのかな〜なんてことを考えていました。
ご先祖様に恥ずかしくないように、とご挨拶に行ったのに、まさか「恥ずかしいジブン」に会わされることになるとはねぇ(笑
うーーー、怖っ!!
怖い話は夏の風物詩ですね(笑
ではまた。