どうも、別格です。


口から出た言葉は戻せない。

だから

「あんなこと言わなければよかったな」

「雰囲気悪くしちゃったな」

「他にもっと言いようがあったのかも」

そんな風に反省や後悔することがある。

たしかに今のは言い過ぎたと

防御のつもりであったとしても攻撃的になり過ぎてしまうこともあった。

私は無駄に言葉に瞬発力もあるもんだから

それで数々失敗してきたこともある。

その場合、反省や後悔も当然だと思う。


でも

全くそんな意図はなく口にした言葉に

「そんな話するなよ」

「なんであんなこと言うの」

と反応された時に

「あ、これ言っちゃいけないやつだ」

「あ、これ聞かれたくないやつだ」

と、言葉を閉じ込めてきてしまうこともあった。


ひと付き合いをする上で配慮は必要だとは思う。

その人が触れられたくない話をくどくどするのもどうかと思う。


でも先日、

雰囲気を悪くしたのは私の言葉のせいなのか?

とふと疑問に思う瞬間があった。

実際はそう感じられるまで半日程度の時差があった。

当初は冒頭のように自分を責めていたのだが

洗濯物を取り込もうと窓を開けた時

あれ?

私、自分のために聞きたかったことを聞いただけじゃない?

なんでそれ私のせいにされてる(と感じている)の??

という疑問が湧いて出てきた。


相手が実際のところ私を責めているかどうかは知り得ないことなので

あくまで私がそう感じているのはなぜだろう、という話だ。

過去に数々の失敗をしてきた恐れから

必要以上に言葉を閉じ込め過ぎているのではないだろうか?

言うべきこと、聞くべきことを

空気を読んで言葉にせずに過ごしてきてしまったのではないだろうか?


自分がじぶんのために言いたかった言葉を伝えたとき

好反応でなかったからといって

言いたかった気持ちまで否定する必要はまったくなかったのではないか?


そもそも、その言葉で、その会話で

気分を害するかもしれないなんて、話をする前にわかるわけないじゃないか。

エスパーじゃあるまいし。


繰り返しになるが、だからといって

誰彼かまわずなんでもかんでも言ったり聞いたりするのは得策ではない。

要はバランスの取りようの話だ。

必要以上に言葉の責任を取り過ぎているのではないだろうか。

私はちょっとバランスを崩していたのかもしれない。


「なんであんなこと言うの?」

今までその答えをずっと探してきた。

でもその答えは私の中にはないみたいだ。

そう気がついただけでも

囚えていたことばを解放できる気がしている。


答えを見つけるにはまず疑問を見つけること。

「それ、ほんと?」

ではまた。