こんばんは。
別格な薬剤師うめこです。
同じところに勤務していると
数年、
いや数十年単位で
ひとりの患者さんとお付き合いすることがあります。
その分、わたしも年をとっているのですが、
患者さんたちも
年々、年老いていきます。
単に年をとっていく、ということではなく
病気が悪化したり
身体機能が低下したり
認知機能が落ちたりと
段々に老いていきます。
年寄り笑うな皆いく道だ
と、昔から言います。
笑いこそしませんが
皆いく道だとは言え
元気だった方が弱っていくのを見るのは
さみしくなったりもします。
年老いたな、と思うサインとして
「おくすりがない」
と、訴えるということが起こります。
先週、お渡ししたばかりの薬がないと言ったり、
5日分の薬が、3日後になくなった、と来院したり。
もちろん
誤って飲んでしまったり、捨ててしまったり、
こちらの間違いということもゼロではないです。
でも、なんというか、訴え方が違うんですよね。
おくすりがないことを
ご自身でもおかしいと思ってはいるけど
ないものはない、みたいな感じでしょうか。
先日のこと。
「おくすりがない」
と、訴えに来院された長い付き合いになる患者さん。
最近、ちょこちょこ来院していて
調子がよくなさそうだなぁとは思っていたんです。
今まで
「おくすりがない」
と、訴えることはなかったので
いよいよ始まったかなぁと思っていました。
とはいえ
「ないものはない」ので
おうちでもう一度落ち着いて探してもらう約束をして
おくすりをお渡しすることに。
その時、その患者さんが
「探せって言われても、ないのよねぇ」
と、ポツリとコトバを漏らしました。
そのコトバを聞いたとき
患者さんのキモチに寄り添えてなかったなぁと
ごめんね、のキモチでいっぱいになりました。
だって、ないんだもん。
計算上はあるはずだし
実際に探せばあるのかもだけど
その患者さんのセカイにはないんだもん。
ないから来たんだもん。
探せって言われてもそりゃ困るだろうよ。
薬剤師としては
「おくすりがない」=「ミス」
となってしまうので
「ない」というセカイを認めることは
なかなかできません。
だけど
そんなことより
患者さんのセカイを受け止めてあげて
安心させることの方が大事なんじゃないかな〜
と思ったんですよね。
こちらが間違えました、と嘘をつくわけでもないし、
あなたが間違えてる、と責めるわけでもない。
そっか〜、ないのか〜、困るよね〜って
ゆる〜く受け止めてあげる。
おくすりを誤って多く飲んでたりすることもあるから
全てにおいてそうできるわけではないけどね。
もしまた今度同じようなことがあったら、
「ない(とされてる)おくすりを探してみて」
ではなく
「もうここにおくすりあるから安心して」
って、コトバをかけてみよう。
「ない」を見せてたのはこっちの方かもね。
反省だわ。
