こんばんは。
薬剤師うめこです。
本日は12月18日。
8のつく日は薬師如来様の御縁日にあやかって、薬剤師うめこのこれまでを振り返っています。
☆前回のお話→薬剤師復職編
☆それ以前&これからの予定→これまで、と、これから
今夜は『同居編』です。
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義両親の住む町で暮らし、家業を手伝うことで、義両親との距離感に窮屈さを感じることもあったものの、薬剤師として働く時間ができたことで、かろうじて息抜きができていた最中の【 2011.3.11】
わたしが住んでいた東北地方を東日本大地震が襲いました。
わたしが暮らしていた地域は、山よりだったので、津波被害は遠く及ばず、数日間の停電程度の被害だったのですが、余震への不安や物資不足、節電対策として、一時的に義両親の住む家で避難生活を送ることになりました。
しかしこれがよくなかった。。。
いずれ同居も、という考えが、義両親にも元夫にもあったのは薄々感じてたんですが、「子どもができるまでは」と言い訳し、別に住まいを設けていました。
しかし、この避難生活が、普段まともに家にいない男性陣(舅と元夫)の《同居魂》に火をつけてしまったんですね。
そして震災後の不安もあいまって、うっかり私も同居を許してしまったんです。。。
あああああ。。。
注)こんなことを書いてはいますが、義両親は決してわるいひとではありません。
舅は毎日家にいるひとでもなかったし、姑も家業を手伝っていたので、多少のストレスを感じることはあっても家事分担などで特に問題は起こりませんでした。
同居生活でいちばんの問題は、
元夫が、夫から息子に戻ってしまったことでした。
元夫は妻のことを家族任せにし、
舅は頼りない息子として扱い、
姑は溺愛する息子の世話を焼きまくり、
わたしは居場所がなくなっていきました。
見えずに済んでいたこと
聞こえずに済んでいたこと
受け流せば済むことをいちいち気にして
自分を見失い
元夫への信頼も揺らいでいきました。
そしてそんなやり場のないキモチを、疲れて帰ってくる元夫にぶつける日々。
そんな夫婦に子どもが授かるわけもなく。。。
不安や焦り、ストレスを溜め、手を焼かせる妻のことを、元夫はますます家族任にし、妻であるわたしはますます役割を失っていく。
役に立たないといちゃいけない、と思い込んでいた私のメンタルが崩壊していくのにさしたる時間はかかりませんでした。
振り返ってみても、この同居が、のちの破局へ拍車をかけたターニングポイントでしたね。
離婚したこを後悔した日もありましたが、今では微塵も後悔していません。
だから、長い目で見れば、破局へ拍車をかけたのではなく、しあわせへ拍車をかけたとも言えるのですが。
でも、それに気がつくのはまだまだ先のお話。
それではまた次の【薬縁日】に。
