こんばんは。
薬剤師うめこです。
本日は11月28日。
8のつく日は薬師如来様の御縁日にあやかって、薬剤師うめこのこれまでを振り返っています。
前回は、9月18日。
2ヶ月ぶりの更新になっちゃいました。
これまでの振り返りはこちらをどうぞ
《これまで、と、これから》
《これまで、と、これから》今回は『薬剤師を辞めてほしい』と言われた話の続き。
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不妊治療の成果はなかったものの、東京を離れ、東北での暮らしにも、調剤薬局での勤務にもひと慣れした頃、義父が新しく介護施設を開所するにあたり、ケアマネージャーの資格を有していた私に、仕事を手伝ってほしいとの話が持ち上がりました。
それはつまり調剤薬局を辞め、かつ、義父たちの暮らす町へ引っ越す、ということ。
薬剤師を辞めることや転居先には不妊治療を続けられる病院がなかったことにかなり難色を示したものの、「いずれ手伝うことになるんだから、新しいところの方がいい」と言われ、ケアマネージャーとして勤務することが決まりました。
もう出来上がってる組織に入るよりも人間関係も楽だろうとの配慮もあったのでしょうが、私は「どうせケアマネが見つからなかったからでしょ」と思っていました。
しかし嫁という立場を考えると、当時の私には断ることはできませんでした。
そしていよいよケアマネージャーとしての勤務がスタートします。
と言っても、そこは新規の介護施設。
利用者(お客様)さんがいるわけもなく、最初はなんっにもやることがなく、一日が長かったなぁ。
テプラでファイルのラベリングしたり、手書きの表をエクセルで作り直してみたり、事務員さんに仕事を分けてもらってたりもしていました。
アスクル、カウネットなど文房具を頼むのはどこが一番安いかとか、プリントアウトはどう組み合わせてするのが安くて済むか、そんなことひとつもワイワイ相談してやってた。
お役所に届ける書類や案内文書も、ワードやエクセル、どっちをどう使って作ったらいいのかもわからず試行錯誤の連続で苦戦しまくってました。
なんせケアマネージャーも私ひとりですからね。
どうやって仕事しろっていうんだか(笑)
ケアマネージャーの資格を有している施設長だけが頼みの綱だったのですが、この施設長がうつ病だったんですよ。
いい人だったんですけど、正直、ぜんっぜん頼りにならなりませんでした。
いち聞けばいちの答えは返ってくるんですが、仕事の流れや全容は見えずじまいで、自分がなにをしているのか、していないのか、やるべきことなどがまったくわからなかった。
ほんとつらかったなぁ。
ほんとつまらなかった。
そんな私をケアマネージャーにしてくれた利用者さんにはだいぶ迷惑をかけたと思います。
仕事の不慣れゆえか、ケアマネージャーの依頼があったものの、サービス利用まで漕ぎ着けることができずに亡くなってしまった利用者さんのことは今でも心残りです。お風呂に入れてあげたかったなぁ。
でも、利用者さんにも利用者さんの家族にも優しく迎えていただいていました。
顔を忘れちゃってる利用者さんが多いけど、思い出すとちょっぴり泣けてきますね。
私、たぶん、がんばってたですね。
ケアマネージャーの仕事はつらかったですが、介護施設での仕事は楽しかったんです。
なんせスタッフに恵まれていたのです。
デイサービスのレクリエーションやイベントをみんなで考えたり、集客のチラシを作ったり、施設の名を広めるために地元のお祭りにもでたりして。
ケアマネージャーとして利用者さんのお宅を訪問するのに、土地勘のない私が困っていると、予め道案内をしてくれたりするスタッフもいました。
あの人たちがいなかったら、私はあの土地でやっていけなかったな。
でもやはりケアマネージャーという仕事は私にとってはつらいもので、のちにゴリゴリに押して辞めさせてもらうことになります。
それはまた次回のお話。
歳を重ね、ココロのことを学んだ今ならもっとケアマネージャーという仕事を楽しめるかもしれないな。
なーんてたらればの話なんてしても仕方ないね。
