こんばんは。

本日は8月8日。

8のつく日は薬師如来様の御縁日ということで、私、薬剤師うめこのこれまでを振り返っています。



8月は8日、18日、28日と三回に分けて《不妊治療》について振り返ってみようかと思っています。

あくまで予定ですが(笑)



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私が不妊治療を始めたのは結婚して一年後。

33歳の時です。


35歳から医学的には高齢出産となり、妊産婦の死亡率、流産・死産の増加、ダウン症児の発生時の増加などリスクが上がります。


注)ダウン症児の出生をリスクとしていいのか迷うところですが、当時の私はリスクととらえていました。


また、生理不順などもなく、デカっ尻の安産型の体系だったので、避妊しなかったらすぐ子どもを授かるだろうと思っていたんですね。


それがそうはならなかった。


だから、焦っていたんだと思います。


私は結婚したら子どもを持つことが当たり前と思っていたし、元夫は跡取り息子だったので、多少は跡取りを産まなきゃと思っていたかもしれません。



そして、私にはもう一つ焦る要因があったんです。

これまで他人に話したことはあまりないことです。



実は私、
婚前、避妊目的で低用量ピルを服用していたんです。


元夫は、結婚を前提にお付き合いしてくれていたので子どもを授かってもいい、と考えていたので、避妊に積極的ではなかったんですね。


でも、私は「デキ婚なんてしたら誰に何を言われるかわかったもんじゃない!」と思い込んでいたので、不必要な妊娠はしたくなかった。


「不必要な妊娠って言われてかなしい」って元夫は言っていたっけ。


当時は「勝手なことを言って!」と憤りを感じていましたが、元夫にとっては、私たちの間に不必要な妊娠などないと考えてくれていたんでしょうね。


勝手なことを言っていたのは私の方だったのかもしれませんね。


つまり自衛手段として低用量ピルを飲んだんです。



そしてそれを母に気づかれてしまったんですね。


低用量ピルの副作用なのか、頭痛や肩こり、だるさなど体調が優れないことが多かったので、バレたのかもしれません。
 

今思うと、気分の浮き沈みにも影響があったのかもしれませんね。


ある日、母から「へんなクスリを飲んで子どもができなくて苦しんでいるひともいる」という手紙が机に置かれていたんです。


「バレた!」という焦りや、性的な話にそれとなく触れられているという恥ずかしさ、不安に思っていたことの図星を突かれたという痛みを隠すように、口にすることはせず「大丈夫に決まってるでしょ?!」と、返事もせず更に態度を強固にしていったんですね。



私は薬剤師ですから、もちろん低用量ピルを服用する前にいろいろ勉強しましたよ。


副作用に《不妊》というのがあることは知っていましたが、頻度不明ですし、副作用かどうか証明がしずらいことだと判断していました。


私が子どもを授からなかったのは、低用量ピルの副作用かどうかなんて、誰にもわからないですよね?


薬の専門家である私が大丈夫と判断したんだから「大丈夫に決まってる」と思いたかった。


薬のせいにしたくなかった。



だから、結婚し、避妊もせずにいるのに子どもが授からないことに焦りを感じていた。


「大丈夫に決まってるでしょう?!」を証明したかった。


そう、私の不妊治療のスタートは【罪悪感】。

苦しい治療の始まりでした。



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今までこの話をすることはなかった。

きっとどこかに私の不妊はピルの影響だったのかもしれないという気持ちが捨てきれなかったんだと思います。

安易にピルを服用したことを後悔したこともあります。


薬剤師なのに。

薬剤師なのに。

薬剤師なのに。

お薬のせいにしたくないのに。

お薬の味方でいたいのに。


もしかすると。

今の私が「おすくりの味方」でいたいのは、お薬のせいではないことを、必死に証明し続けているのかもしれませんね。



この続きは18日の御縁日に。

てはまた。