月曜の夜は脳内問答。

問答とはいえ答えはない。

むしろ疑問が増えるのみ(笑)


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今日は

『 カラダの声をきく 』

について。

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カラダの声をきくってなんでしょう?



たまに耳にすることば。

自分を大切にすることにもつながる

大事なことっぽいけど、よくわからないのね。



例えば

お腹がいっぱいってカラダは言ってるけど、

食べものは残しちゃダメっていう

アタマの中の世間の声や

おいしいからあと一口だけっていう

ヨクボーの声を聞いてしまって

ついつい食べすぎてしまう、みたいなこと。



これはなんとなくわかる。

カラダのこえ(この場合は胃袋かな?)を

アタマやココロが無視してる感じがする。



でも、

心臓とかなら苦しくなると訴えそうだけど

沈黙の臓器といわれる肝臓の声は聞こえるのか、とか


骨はギシギシうるさそうだけど

爪は口数少なそうだな、とか思ったり。



疲れたから休みたいっていう場合は

疲れたって言ってるのはカラダ?ココロ?



カラダの声とココロの声を

聞き分けられるのかって疑問だけど、

カラダの声の方が聞こえやすそうな気もするよねー。


カラダイタイはすぐわかるけど

ココロイタイはごまかされそう。





カラダの声ってどこで聴くのかも疑問。

ココロで感覚的に捉えるもの?

それとも脳でカラダの信号をキャッチしてるの?

脳でキャッチしてるってことはアタマで聞いてる?



アタマで聞いてるのとアタマの声は違うのか?

アタマの声っていうと

世間の評価とか親の目とかのことっぽい。

「そんなことしていいの?」とか

アタマの中で声が聞こえる、みたいな。




これはアタマの中で声が聞こえるだけで

アタマの声とは違うのか。

アタマの中で声が聞こえるのは幻聴か。

誰もそんなこと言ってません、みたいな。



この今私のこの脳内で繰り広げられてる問答が

アタマの声だよね?




ってことは

カラダの声、ココロの声、アタマの声があるのかな?


感覚的なものがカラダの声で

思考的なものがアタマの声で

感情的なものがココロの声かな。



声の大きさでいうと

ココロ < カラダ < アタマ、かな。



でも急に倒れたりするときは

ココロ < アタマ <カラダ、って感じだし



ショックな出来事のときとかって

カラダ< アタマ <ココロ、って感じだし。


こりゃ決められないな。うん。



あと気になるのが

カラダの声を聞きましょう

っていうとさ

カラダの声をアタマの声が抑えつけてる

みたいなイメージない?


なんかこれしっくりこないのよね。

なかよくしよーぜ、

アタマもわたしじゃん、って思っちゃう。



でも

カラダとアタマが一致せずに苦しくなるときは

じぶんのアタマだと思ってるだけで

やっぱり世間のアタマなのかもね。


一致して楽になるときは

じぶんのアタマなのかな。



カラダの声とアタマの声が一致してる時は

アタマの声とココロの声はイコールなのか?

イコールではないな。

アタマとココロが同意見なだけか。




カラダの声、ココロの声、アタマの声が

じぶんの中で話し合ってるんだな、きっと。

意見がまとまるときもあれば

決裂するときもあるんだな。

でもきっとわたしにとって「よかれ」と思って

話し合ってくれてるんだと思うんだよね。

だからどれがいいとかわるいとかないんだよ。

結果として、体調崩したり、かなしくなったり、非難されたりすることになってもさ。

全部「わたし」の声だもんね。



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(疲れてるけど遊びたい、の話し合いのイメージ図(笑))



余談だけどさ(笑)、

自分の声って

自分で聞くとへんな声に聞こえるじゃない?

カラダの声はへんな声に聞こえず

素直に聞こえるものなのかしら

とかもちょっと気になる。




もひとつ余談だけどさ(笑)、

病院では「聴く」より「診る」じゃない?

聴診器は聴く、だけど。

そもそもカラダへのアプローチが違うのかしら、

とかもかなり気になる。





ほんと答えもないけど

キリもないからこのへんでやめとこう(笑)


みなさんはカラダの声が聞こえますか?