メールの文末に
「心配かけてごめんね」ってあって。
すかさず
「心配くらいさせてよ」って思った。
そのやりとりで気がついたこと。
心配されると自分が信用されていないみたいで嫌だった。
心配することも相手を信用していないみたいで嫌だった。
でも、
信用していないから心配しているのではなかったんだ。
自分の心のスペースの中にその相手を思う比率配分があがってるっていうバロメータみたいなものなんじゃないかな。
心の配分。
心配ってやさしい気持ちだったんだ。
時々、
心配を通り越して、心を妄想した不安で埋め尽くしてしまって苦しくなってしまうことがあるけど、心配することと不安になることは全く別モノなんだ。
心配と信用は密接な関係にあるかもしれないけど、別モノなんだ。
ずっと勘違いしてた。
心配かけたくない気持ち、わかるよ。
ありがとう。
でも、心配くらいさせて。
私は心配で自分の心を痛めたりしないから。
私はそんな自分を信じているから。
