どうして人生はこんなに過酷なのだろう
何故こんなにも試練があるのだろう
久々に涙をポロポロ零して泣いた
悔しいのと悲しいのと無念さで
人間が素晴らしく出来ていて
優しくて暖かくて
愛のある素敵な女性が
人生の困難に直面している時に
その窮地を救えるスーパーマンには
勿論私はなれなくて
出来ることなんて限られていて
思うことや祈ることしか出来なくて
やっぱり私は大好きな人が困っている時に
何かの助けになれる自分になりたい
その困難を苦しみを
少しでも和らげる何かを届けられる
自分になりたい
みんなに恩返しができる自分に
なりたいんだ
これは自己肯定感が低い頃にあった
人の役に立たないと
生きていてはいけないとか
誰かの必要とされないと
生きる意味がないとか
そんな類の衝動ではなく
愛が原動力なんだと思っている
いままで貰った愛が
私の中でずっと絶えず温もりを持っていて
そのあたたかさに今も助けられているから
そんなわけでまず自分が豊かになりたい
もっともっと分かち合えるくらいに
豊かになりたい
いくら渡しても減らないくらいに
どうして今夜の私は
こうなのだろう
ふと考えてみる
今は絶賛PMS期のはずで
普段は怒り狂っているはずなのに
怒りじゃなくて悲しみが出てきた
変わったことといえば
最近は瞑想を習っている
朝の始まりに瞑想を取り入れて一週間
瞑想をはじめてからは
物事への執着や囚われがなくなってきた
欲や見栄も薄れてきた
火がついたら燻って消えなかった怒りが
すぐにたち消えるようになった
誤解を恐れずに言えば
基本的に全てのことが
どうでもいい
どっちでもいい
なんでもいいと思える
こうであらねばならぬ
こうあるべき
普通はこうする
がどこかへ行ってしまった
だから出来事に振り回されたり
コントロールできないものを
変えたいとムキになったりしなくなった
五感が生き返ってきて
ご飯が美味しくなった
自分の体を愛おしく扱えるようになった
私の足の甲は薄くて
靴の中で足が前に滑ってしまうので
小指にはウオノメが出来て痛む
それを今までは邪険に
忌々しく扱っていたのが
ヨガの時かたくなっている小指に
手が触れた時に
「ああ〜こんな一点で体重を支えてたのか」
「こんな硬く変質するまで
一生懸命頑張ってくれていたんだな」
とすまないような気持ちになり
ウオノメを愛おしく感じたのだ
いらないものだったウオノメに
ありがとうを感じるようになるなんて笑
ガンになった時の恩師の台詞を思い出す
病気は何かを気づかせてくれるもの
今までの自分の至らなさや
体に無理かけてしまってたものを
具現化したものだと思えば
ガンがそのようなものを全部受け持って
からだから離れてくれたと思えば
自然と感謝できませんか?
その時は100パーセント腑に落ちなかった
本音を言えば50パーセント笑
今なら意味がよくわかる
自分のすべての頑張っている細胞に
ありがとうが言いたくなってきた笑
20代前半の時
深夜に仕事で帰宅した週末
「ああ〜もう自分の為だけに頑張れない
結婚するしかない」と思った
その時の答えが時を経て今ここにある
私は誰かの為に頑張りたい
頑張っている誰かを応援したい
それが自分を満たすことにも繋がる
それは今まで貰ってきた
愛情や優しさを必要な人に
渡すことにもなるのだから
瞑想効果なのだろうか
PMSが違った形で現れた夜だった
こんな風に感情を解放して
学びを得られるPMSなら大歓迎かも

