先日、人生で初めて経験したぎっくり腰。
それはそれは大変な経験でした。
そこからざわざわと
いろいろ浮かび上がってきたものもあり、
記録として書いておこうと思います。
対話の会の当日、
部屋に掃除機をかけていて
あれ…なんか腰痛いな…くらいでしたが、
どうも部分的に痛みが強い場所があり、
これは少しやっかいだなと感じていました。
数日前から頭痛もあったり
股関節の不調も感じていて
自分なりにはケアしていたんだけど…
参加者さんが来てくださるまえに
ストレッチをゆっくりして
緩めることに。
その時は動けていて良かったんですけどね…
でも、時間を追うごとに痛みが増し、
話をしている最中には、
動くことが難しくなります。
立つこと、座ることが難しくて
かつ立っている時の腰の角度はおばあさん。
腰回りは、素人でもわかるくらいに
緊張していて、やばい雰囲気。
痛かったけどキャンセルにしなかったのは
参加者さんに会いたかったから。
何かの答えがありそうな予感もしていて。
身体の不調はもう答えだから。
キャパオーバーの理由を知りたかったんだよね。
実際に直観どおり
この日、対話の会で話した内容も
大きな気づきにつながって、
なんだかいろいろハッとする。
そして、その後数日寝こみ、
その後動けるようになった時行ったのが
先日投稿したシュタイナー美術教室の展覧会。
俯瞰してみれば
自分の会いたい人、
やりたいこと、
行きたい場所には
きっちり行っていて。
そういうもんですよね…。苦笑
腰は体の要だもの。
自分の大切なこと、それじゃないよね?って
言われてるんだと思うんです。
まだ腰の痛さからの完全復活!
という雰囲気になれず
自分の内側との対話をしてみることに。
感情の書き出しはよくしているけど
最近していなかった
潜在意識の深堀を久しぶりにしました。
その時にノートを見返すと、
腰をやる前のノートには
「虚無」とか
「なにもない」とか
「わたしにごめんなさい」とか
腰をやりそうな不穏な空気感がw
自分のことって
どうしてなかなか客観視できないんだろうね…
そして
これが今日のノート
↓↓
ちょっと内容は見せないけど。
とにかく
まだまだ私は私を丁寧に扱えていないということでした。
ピッタリきてないんですよね。自分と。
自分の役割とか
自分のかぶっている仮面とか
もちろんそれも上手くバランス取れる人なら
どんなやり方でもアリだけど
私はここまでカラダにでるなら
違うんだわ。無理しまくってるんだわ。
仮面は少ない方がラクですしね。
そして隠している部分に書いている
無意識からの声たちが
最も重要で。
それらがあるから、それらがあるなら
結果を受け入れられる私がいる。
驚くほどに繊細な自分を
私は認めたくなかったんだなぁ。
まだいろいろ抵抗してるんだなぁ。
「繊細って、どっちの意味で使ってる?」
そう娘に言われた時にも
ハッとしながら、「両方で使うよ」と言ったけど
基本的には自分の弱さとしての認識が強いんだと知った。
でも、
頭では闇は光だって知っていて。
でも、まだ体には落ち切っていない。
知ってるのと
やってるのは違うから。
闇のまま、その暗闇に居続けることで
自分に言い訳をして
自分を「そんなやつだ」と認定しきれなかったりする。
私って「そんなやつだ」って白旗上げてしまえたら
しょうがないなぁ…って
ひとしきり笑って、
じゃあこれからどうする?って
先を考えていけそうなのにね…。
そんなやつじゃないって
どこかで自分を信じていたかったり
暗闇にいて、ウジウジして
変化しない方が
今のままでいられてラクだったり
自虐癖炸裂で
ドMを楽しんでみたり?
いろんな自分が見え隠れして
腰の痛さでのたうち回りながら、
自分の体重も動かせない
どうにもならない体を感じて
情けなくって泣いたよね。
なのに、家族はやさしくて
知人友人もやさしくて
買い物してきてくれたり
帰宅後コインランドリーに行ってくれたり
介護してくれたり
腰の痛みを和らげる方法とか
教えてくれたり
泣けてきてさ。
こんなだけど優しいんだって。
日本は結果主義が強い印象で
過程をあまり大切にされない風潮を感じているけれど、
私自身は、結果ではない、
そこまでの過程や
その過程の中での苦悩、気づき、関係性などが
めちゃくちゃ大切だと感じてる。
そういうものを通して
全てに〇をつける作業。
自分を知る作業。
他人を知る作業。
本当に不器用だなと思う。
もっと器用に華麗に立ち振る舞えたらいいのにね(笑)
繊細さゆえに
この一連のことも
天体の影響をかなり
受けているのではないかとも
思っております。
ま、そういう人間だわ。
もう白旗あげて
観念するしかない。
この本、友人が紹介してたような気がする。
わたしも読んでみようかな…
腰痛であれなんであれ、症状がでたら
なにかしら立ち止まって
身体の声を聴いたほうがよいですね。

