こんにちは。
昨日Facebookでシェアした記事、
かなり多くの方が
ドスンと胸にきたようで。
わざわざメッセージを送ってくださる方もいらしたりして。
私もドスンと来ながら、
子どもの立場、そして親の立場
両方で読んだのだけど。
「親」になる
ってどういうことかって書いてあって。
ありのままの姿、
こんな自分でも、
受け入れてもらえるか??
を子どもは試すことがあるんだって
書いてあって。
これ、自分の経験からだけど
受け入れられなかった。と
思った時、
子どもは閉じるよね。
ハートに鍵かけて
閉じちゃうの。
親に対して。
そして世間に対して。
ぐれる。
病む。
問題行動をする。
自分を証明するための
悲痛な叫びだよ。
そういう流れに乗ることになる可能性があがる。
いろいろ考えちゃう。
誰だって、多かれ少なかれ、
親との間の葛藤はあるよね。
何かしらの傷をつけ合って
家族として存在してきている。
その傷を抱きしめて
その傷含めて愛して
自分を抱きしめて
自分を愛して
傷をつけ合っている、その母が
産んでくれた自分。
先祖まで含めて自分を愛して。
閉じそうになったハートを開いていく。
一度かけた鍵を外していく。
そんなに簡単なことじゃない。
でも決めないと始まらない。
私はわたしの人生を生きるんだ!って
決めないと、何も始まらない。
親だって、その上の代の親だって
傷をもっていて。
悲痛な叫びを持ちながらも、産み落とした
わたしという新しい命。
そこには希望の光があった。
わたしたちは
自分の光を知って
それを存分に発揮することを望んでいる。
誰もがそうしたいと思っているけど
どうしてか出来ないと思ってしまう。
でも何度でもいう。
あなたの人生は光である。
そう意識してほしい。
自分で意図的に意識的に生きることができること。
あなたの悩みだと思っているものは
じつはあなたの悩みではないことも多いこと。
いや、あなたの悩みだろうけど
あなた自身が望んで受け入れていること。
母は悲痛の中で、
でも悦びとともに私を産んだ。
それが手に取るようにわかる。
いろんなことが彼女の周りにもあった。
理想と現実。
振り回される出来事。
叫びたかっただろうと思う。
無条件の愛に挑戦していたのも
彼女の口癖だったから知っている。
でも順番がちがった。
自分を置き去りにして無条件の愛は達成できない。
ジレンマも、感じながら、翻弄されながら。
親子間のエネルギーはすさまじい。
よくも悪くも血縁というものはある。
意識的になろう。
現状を知って。
そして、今必要なことをしていく。
どうなりたいかを掲げながら
微修正を繰り返し
少しずつ自分を動かしていく。
意図することが
大きく影響する。
思ったらなる時代になってきてるよ。
あなたの意識が変われば
それを反映している周囲の世界は
確実に変わる。
自分自身とのコミュニケーション。
自分の中の男性性と女性性。
「どんな私でも受け入れてくれますか?」
大人になったあなたがそれを聞く相手は、
自分自身しかいないんだよね。