こんにちは。
ラマトの森 山本陽子です。
もうすぐ末娘のお誕生日。
彼女と話をしたり、
家族と生まれたころの話をしていて
あ!!と思い出したこと。
私、娘の出産は、
それはそれは快感で
全くいきむことなく
娘はでてきてくれたんです。
痛みはありました。
無痛ではない。
陣痛は誰の時も痛かった。
でも、いきみ逃しをしていたら
もう出るよー。と言われて、
「え?いきむ??」
「いきまんでいい。そのままで」
と言われたまんま、
ほんぎゃーーーほんぎゃーーーー
おめでとうございますー♡
エ…??生まれた??
みたいな。笑
その当時友人に
「子どももう一回産みたい。
めちゃくちゃ気持ちよかった!!」
と、ずっと言ってました。
そのくらい出産が快感だった。
オーガズミックバース
そうだったって
今になって気づいた(笑)
何が上ふたりの出産と違ったかは、
とにかくお腹の子と意識を合わすことをしていたこと。
キネシオロジーに出会って
自分との対話も増えましたし、
誰かや何かと意識を合わせるということを
するようになっていたので、
お腹の中にいた娘ともよく話をしていました。
出産時も、
彼女が進もうとするのを
痛みと意識で感じて、
それを最大限手助けするという
そんな意識でずっと過ごしました。
力む自分に気づけば力を抜いて
とにかくお腹の中の娘を感じて
完全なる共同作業だったと
思います。
息が合ったんでしょうね。
求めているもの
カラダの変化
動き
それを感じて合わせていく
その心地よさ。
快感って、
出産にしても
夫婦の営みにしても
意識をぴったり合わせることができると
生まれるのだと感じます。
少し違う所では、
本当に分かり合える仲の人と
完全にピタリ意識が合ったときには
快感を感じます。
肌もなにも触れてもいない状態でも
快感を感じて
共振することはできる。
それがオーガズムなんだと
私は認識しています。
娘が生まれてきたときの話。
またじっくり家族でする時間が増えそうです。
今中学生の長男は、当時五歳。
自分で志願して、夜中の出産に立ち会いました。
見るんだ。見守るんだ。
そんな意志を感じた、あの時の息子の姿。
次男はといえばぐっすり夢の中でしたが
じいじと一緒にいてくれて。
じいじはあのころから体調悪くしてたはずだから、
じいじを守ってくれてたんだよね。
すごくいろんなことを思い出して
感極まって泣いてばかり。笑
人の誕生って
奇跡にみちていますね。
わかちゃん、
生まれてきてくれてありがとう。
いっぱい愛を与えてくれてありがとう。
あなたに会えて、心の底から嬉しいです。
お誕生日おめでとう。
2020年の写真♡
