自己肯定感というワード
あちらでも、こちらでも耳にするけれど、
私にとってはいまいち腹落ちしないワードでした。
それというのも、
自分自身が、自己肯定感が
めちゃくちゃ高いなと感じる一面と、
自己肯定感がすごく低いなと感じる一面と
両方あったからなんですね。
それが、先日、ある方のお話を伺っていて
ストンと理解できてすっきりしたので、
今日は「自己肯定感」について書いてみようと思います。
現在、
自己肯定、自己肯定感という言葉は
どうやら2種類の使われ方をしているようです。
なるほど…だから頭の中が
バラバラになる感じだったのか…
ひとつめの使われ方は、
自分のことを肯定することができているか、
それがどのくらいできているか、という意味。
例えば、褒めて伸ばすとか、
とにかく肯定的な言葉や態度を示すとか、
そういったときに使うもの。
例えば、
何か仕事がうまくいかないと感じている時に、
この仕事のAはうまくできなかったけど、Bはうまくできた。
Bをもっと伸ばしていって、
Aはコツコツ積み重ねて練習していこう!
そんな風に自分を肯定することができている場合に、自己肯定感が高いというらしい。
(私はこの言い方にしっくりきてなかった…
自分を褒めるのが
単純に苦手だからってだけだけどね…w)
逆に、
仕事がうまくいかないと感じている時に、
Aがまたうまくできなかった…。
Bを褒めてはもらえたけど、
Aができないと基本がなってないってことだから…わたしダメな子ー!!!
はぁぁぁ、なんでこうなんだろうなぁ…
みたいに、
自分を肯定することができない人が
自己肯定感が低い。
(私個人的には、こちらタイプで、
ひとまずとことん傷つく使用になってます笑)
そして、
二つ目の使われ方は、
自分のすべてを受容することができている人のことを自己肯定感が高いという、というもの。
こちらが、自己肯定の
本来の意味だとおっしゃっていました。
自分の内側で起こる感情のすべてについて、
そうだよね。
そう感じるよね。
と、受け入れることができることができる人。
それは、自分の良いところも悪いところも含めて、
全方位的に自分のことを受容することができる人のこと。
この説明を聞いたとき、
すごくストンと自分の理解が進みましたし、
自分が自己肯定感についていろんな引っかかりがあったのが
分かった瞬間でした。
みなさんは、どのような定義で
「自己肯定感」を使っていらっしゃいましたか?
案外、ひとつめの、
自分を肯定するという使い方をしている方がおおいんじゃないかな…
これは私の肌感覚だけど。
とにかく意図的に肯定する方向に思考を転換するというだけだと、
自分の内側に存在する、本当の気持ち、感情に
背を向けることになることもありますよね。
あぁ…失敗したな。
そう感じたその気持ちがある。
そこには例えば、
悔しさや、恥ずかしさ、自分への怒りとかがあるかもしれない。
それを、肯定するために、
あぁ…失敗したな。
\ 肯定スイッチON! /
よし、次からは〇〇しよう!!
と、即座に転換していたら、
内側にあった感情は置いてけぼり。
なかったことにされちゃって、
未消化の感情ほど、後で悪さするものってないんですよね…。
人によって、
感じる感度や、強度、反応する事象などは
もちろん違いますから、
そこは、自分の感覚を、自分の感情を
大切に感じてあげないと
他の人はだれも対応してくれません。
自分の感情の全てを受容してあげられること。
自分の全てをひとまずよしと思えること。
それが自己肯定感の高い人なんだと、
そうしっかり理解することができました。
少し話は変わりますが、
私は【感情ミーティング】というサービスをさせていただいています。
感情というものが人間にとって
とても豊かなものであり、
人間として成長していく上でも
鍵となるものであること。
自分自身を知る上でも、
感情をコンパスにすると
とても早く理解することができるからです。
どの感情もあなたにとって
とても大切な宝もの。
その豊かな感情の表出ができる、人間であるあなたが
あなたのそのすべての感情のやりとりを受容することができること。
それが自己受容であり、
自己肯定感が高いっていうこと。
感情をもつ生活を楽しむこと。
そんな人間としての豊かさを
みんなで謳歌していきたいですね。

