ラマトの森 山本陽子です
昨日お風呂で頭を洗っているときに
ふと気づくと、
「ありがとう」と自分の頭に
言っている自分がいて
気づいて涙がでてきました。
おかしな人でしょう?
自分の頭にありがとう、
それも自分が自分に言っているのに
気づくのに時間がかかりました。笑
これは潜在意識の声なのか
はたまた、受け入れたくはなかった自分自身の声なのか、
まぁ、もうそんなのは何でもいいのですが、
とにもかくにも
今までは無意識下で
自分へのダメ出しワードを連発していた
私の脳内から、
「ありがとう」と
慈しみの声がきこえたことが
もう感動でしかなく
何かが変わったきがしました。
その後悦びで興奮して眠れなくなり
夜中の3時までアニメをみていたほどです。(笑)
こんな文章を書いている私は
もしかしたら、多重人格とか、分裂症とか、発達障害とか、
付けようと思えばいろんな病名がつくのかもしれないと、思ったりもします。
「整える」というお題がきて以来、
私の生活はひとまずスクラップの段階に入りました。
自分独自の最適解を
全くもって人様の領域ではなく
自分オリジナルのものにしようという試行錯誤で
もうクタクタでした(笑)
まだこれは継続中です。
最適解だと思えるまでまだやり続ける。
きっと終わらないやつですね(笑)
やってみては、失敗して
仕切りなおしてまた別のやり方。
こんなに自分は不器用なのかと
本当に自暴自棄になりそうなほどに
もだえながら。
一からつくるということが
こんなに力のいることなんだというのは知りませんでした。
今までどれだけ自分が人のものをベースにして
物事にあたってきていたかを痛いほど知らされました。
人がこうしているから。
これがきっと普通だから。
求められているから。
そんなものがベースになっていたんですよね。
きっと器用な方は、
その方法で自分の物にしていったとしても、
まるで自分のオリジナルのように動けるのかもしれませんし、
違和感さえもたないのかもしれません。
でもわたしには、できないことが多かった。
一般的な方法が自分には難しいことが多かった。
引っかかることが多かった。
もう、そこに準じるよりは、
自分ができないことは手放しながら
自分がやりやすい方法を整えていこうと
そう今決めて取り組んでいます。
違っていい。
違って当たり前。
それは、私が私に言い聞かせている言葉。
大切にしたいこと。
社会の中で生活する上で
違うことが苦しい場面もあるし、
ともに歩むためには、バランスを取る必要もでてくる。
でも、
だからこそ自分自身をよくよく知っていて、
自分のことを愛していて、
その上で人間関係を大切に丁寧に作ること。
そうしたら「違う」ことが愛おしく思えるんだと心底思うんです。
息子が発達グレーだと言われたことで
いろんなことに出会わせてもらったし、
いろんな学びをしてきましたが、
結果的には全て自分自身のためになっています。
もう最近では、それを教えてくれるために
グレーとして来てくれたんじゃないかとさえ思うほど(笑)
だって、彼が凸凹が少ない子だったら、
私は自分自身の凸凹や
個性あふれる自分自身を思い出すこともなかっただろうから。
5年ほど前は、人と違うことが大好きで
変人変態と言われることが快感くらいに思ってた。あこがれもあった。
なのに、最近の私といったら、もう違うということが怖くて。
凸凹が大きいことを痛いほど実感する日々で、
でもそのことに仕方なく降伏すればするほどに、
それがいいのよ。
陽子ちゃん、もっと安心して出したらいいのよ。
そんな風に伝えてくれる方々ばかりに恵まれて。
家族も分かってくれ、守ってくれる、いつも笑顔で。
なんて不思議なんだろうと、
本当に心の底からそう感じています。
自分が理想と思い込んでいた人間像、
必死に頑張っていた人間像とは
あまりにもかけ離れてきているし、
どんどん自分のバカが暴かれて
正直昔の私だったら見下してけなしてたかもしれないような人に
今私自身がなっている気がする。
でもその方が家族は優しくて
社会も笑顔で
不思議だけど
自分らしくあるって
そういうことなんだろうかって、そう思うんです。
思うしかない状態です。
私は幼いころから、頭、脳みそがめちゃくちゃ頼りでした。
勉強すること、記憶すること、ちゃんとすること、
先回りできること、1を聞いて10を知ること、
私の脳にずっとお願いして、時には鞭打って、
できなかったら自分を否定するし、文句いいまくる。
それに気づいてからは、行動面ではやめたけど、
内側での反響はずっと残ったままで…。
エネルギー的にうまく回らなくなると、
私はわたしの頭を銃で打ち抜くイメージをいつもしていて。
今書いていてもおそろしいけど
そのくらい、
自分を正して、枠にはめて、本来の自分を殺してきてた。
キャッチできないくらいかすかな私自身の声が
結構頻繁に自分の頭を否定してたのに気づいたときはもう唖然とした。
けど、気づくって実にすごいことで。
気づいたその瞬間から、もう変化が始まっている。
だから、
頭にありがとうってささやいている自分を感じ取ったときに
本当に嬉しくて
癒された気がして
溶けた気がして
少しの間シャワーと一緒に泣いてた。
ここまでには何段階もの気づきがあって。
たくさん気づいて、
修正して、
また気づいて、修正して。
きっとまだまだ続きもあるんだろうけど
私はわたしを心底愛していたいし、
そのベースの上で他人との関わりを築いていきたい。
いつも手掛かりは、
身体、感覚、感情。
そして、
口に入れる食事、水、
自然、運動、
生活空間。
基礎から
根本から
土台から
大切に育てていく。
慈しみで包み込む。
個人セッションなどさせていただいています。
あなたがあなたらしく生きるためのお手伝いをさせていただいています。
気になってくださる方は
どうぞお気軽にお問合せくださいませ。




