ラマトの森 山本陽子です。

 

先日わが子の運動会がありました。

かなりの短縮運動会だったとはいえ

開催してもらえたこと、ありがたく思います。

 

さて、実家の母と私とで応援していたのですが、

母と子育てについていろいろ話をすることができました。

 

娘が書いている日記の話から始まり、

彼女の感性の素晴らしさ、

独特の表現方法について、

そして

息子の感情表現の話などいろいろでしたが、

 

 

母がふと、

自分は型にはめる子育てをしてきたから

申し訳なかった。とスラリと言ってくれて

 

こうするべき、

こうあるべき、という

強いラインを提示し続けたことを反省していると、

何を思ったか、そんなことをつぶやいてくれたんです。

 

 

何というか、

とても軽い言い方だったので、

私としても心地悪くなく

素直に受け取ることができました。

 

 

もし、母の発言が罪悪感に満ちたものだったら

私は腹が立って、受け取ることができていなかったかもしれません。

 

 

 

こんな話を

軽くできるようになったことが

本当にお互いに嬉しくて。

 

真正面から対話し続けてよかったと

今は心底感じています。

 

数年前までは、

こんな良好な親子関係になれるだなんて

思ってもみませんでした。笑

 

 

 

私も普段から子供たちに

 

こうしたらどう?とか、

これはこうだよね?とか

今はそれをするときじゃないと思うよ。とか

その態度はいただけません。とか(笑)

 

いろいろ伝えることがあります。

 

たまには感情のままに伝えてしまうこともあったりで、

そんなときには後で謝るのですが…

 

 

子どもたちにいつも伝えていることがあるんです。

 

これは、母との話にも関係することなんだけど、

 

私が子供たちに言うこと、注意すること、指摘することなどは

あなたたちの存在意義にはなんら関係しないっていうこと。

 

あなた自身を否定しているんじゃないし、

あなたのことをけなしているんじゃない。

 

あなたの態度ややり方について

意見しているだけで、

 

あなた自身は、傷つけられるものじゃないよ。

 

それを、ふと思い出しては伝えています。

 

 

 

子どもたちが分かっているのか、いないのか

それは定かじゃないのだけれど、

 

私自身が、子ども時代に

怒られたり注意されたりしたことで

自分自身の存在を否定されたと感じていたから

そして、それがとてもキツイことだったし

精神的に病むきっかけになってると感じるから。

 

 

だから、子どもたちには

私が思い出した時に、たまにですが、

 

あなたたちは私の宝物。

あなたは唯一無二の人間。

 

だれにも傷つけることはできなくて

あなたが存在していることが、すごいことなんだよ。

 

私が怒ったり、指摘したりすることが普段からあるけれど、

それは、その状態やその態度に対しての行為であって

あなた自身をどうこう言ってるんじゃないからね。

 

どんなことがあっても私はあなたの味方。

あなたは最高の存在。

 

どんな風に感じたり考えてても

それがあなたの真実で、あなたのリアルだよね。

あなたのリアルを私にもいっぱい教えてね。

 

 

そんな風に語りかけます。

 

 

親はみんな、こどものこと愛してる。

こどもも親のこと、愛してる。

 

 

もし心になにかモヤがかかってて

こどものことを愛する余裕がない親がいらしたら

何か私にできること、させてほしい。

 

親のこと、愛することできない心の子どもがいたら

話を聞くくらいならできると思う。

 

 

きっと何か、もつれたままになってる糸が

あるんじゃないかな。

 

 

私が過去、母を恨んでいたとき。

私の中はたくさんの言葉がうごめいてた。

自分や人を傷つける言葉が山ほどあった。

 

でも、今振り返ると

あの頃のこと、嘘みたい。

 

どうしようもない、もやもやがずっと胸にあった頃のこと。

もうハッキリとは思い出せない。

 

 

きっと、今きつい想いをしてるみなさんも

時間はかかるかもしれないけれど

軽く笑って話せる日がくるかもしれないから。

もしくは、そこにフォーカスしないでいられる日。笑

 

 

愛し、愛されていた記憶。

とりもどせたらいいですね。