こんばんは。
ラマトの森 山本陽子です。


友人のブログを読んで、
子どもとの関わりについて書いてあって
昔の私を思い出したもんで、
書いてみることにしました。


イライラして怒ってしまうんだって。
ちょっとしたことで怒りが出て
感情に任せて怒ってしまう。


何にイラついてるんだろう、
いらつく原因をひとつやめてみることにしたって
そんな感じのことかいてあった。





私もそーだったなぁ…



何にイライラしてるのかなんて
わからないまんまに
感情が爆発した後で自己嫌悪。

ごめんねって言うのも精一杯だった。
ごめんねって言ったら負けた気さえしてたな…。



怒る自分と、
自分の母が重なって、これまた自己嫌悪。

あんなお母さんにはなりたくなかったのに…
だから怒らないって決めてたのに…って
悔しくて泣いてた。



懐かしい…。

苦しかったな…あのころ。





今は、ほとんど感情に支配されて
怒ることはない。

コントロールできないような怒りがくることは
特に子どもたちに関しては、全くない。
(年に一度くらい、夫に対してある笑い泣き)



そして、
コントロールできないような感情に支配される怒りはないとしても、
普通に子どもに対しては怒るよ。

母としてブーブー言うし、
嫌なことは嫌っていうし。

自分が言いたいことを、敢えて抑えたりコントロールすることがなくなった。
出し放題。

でも、子どもたちをコントロールするための怒りじゃないし、
子どもを否定もしてないし、
自分の怒れる気持ちを出してるだけなのよ。
このちょっとした違いわかってもらえるかな…。



あの頃には思えなかったことだけど、

全ての感情が尊いと思ってるし、
怒ってもいいと思ってるし、
怒られてもいいと思ってるし、
泣いてもいいし
暴れてもいい。

そう本心で思ってる。



ここに到達できたのは、
私自身にとことん向き合ったからだよ。




悲しんでた小さな自分、
怒り狂ってた小さな自分、
泣きじゃくってた小さな自分に

ずっとずっと寄り添って、
声を聴いてきたから。

いまでもふと顔を覗かせたら、
その都度声を聴いてるよ。


その積み重ねで、
私は私と会話できるようになった。

そして、お母さんを許せるようになった。

そして、お母さんを放っておけるようになった。

そして、お母さんに感謝できるようになった。

全部愛でしかなかったって
わかるようになった。




だから、
怒ってた怖かったお母さんにも
寄り添えるようになったし。

そこで泣いてた
小さなわたしにも寄り添えるようになった。

怒りをため込んでた私にも
よしよししてあげて
怒りは出しても大丈夫だよって教えてあげた。




それなんだよね。





子どもたちと接している大人で、
怒った時なんかに
へんに罪悪感持っちゃう人って
自分の中の小さな子どもが泣いてるんだと思うんだよね。


わたし、まさにそーだったんだよね。


でも癒えたらさ、
怒っても何も感じてないんよね。
ただ自分の感情を伝えてるだけ。
良いも悪いもない。

子どもも瞬間ヤバイッとか神妙な顔するけど、
すぐにケロッとしてるんだよね。





深い部分に
鍵かけちゃってる人、
けっこういるんだよ。

親との関係性は
本当に根本的な部分だから、
本人がやる気にならないと
しない方がいいだろうけどさ。


きついしね。


でも、手を替え品を替えて
問題として出てきちゃう所だよなーとは思う。


木の根っこみたいな
大切な所だからね。



だから
もしその気になったらね。
何かお手伝いできることがあれば、
言ってくれたら嬉しいです。


ここが解けると
本当にラクに行けるよ。

だって育つ大地。
愛の場所だからね。