前回の付け足し。
梅鉢鐵工所の創業者、梅鉢安太郎について。
昭和12年の「人事興信録」によれば、
養子先が鍛冶屋でその家業を継いだそうです。
堺は刀鍛冶で有名です。
その鍛冶の技術が鉄鋼の加工、車輛製造へと受け継がれている、
ということですね。
歴史はつながっているなあ、と感じます。
先見の明あり、安太郎は車輛製造に参入・成功し、
緑綬褒章を受け、堺商工会議所顧問になり、多額納税者になりました。
前回の記事にいただいた、kapichanさんのコメントを拝見して、
前から気になっていた水間鉄道にさっそく乗りに行ってきました。
少し梅鉢鐵工所に関係します。
記憶力の低下を感じるこの頃。
「ブログは熱いうちに書け」という気がしています。
南海本線貝塚駅から乗り換え、水間鉄道貝塚駅です。
水間鉄道は貝塚駅から水間観音駅までの5.5キロ単線、10駅の路線です。
創業は1925年(T14)12月24日、貝塚南駅から名越駅間で営業が開始されました。
(水間鉄道HP、企業概要より)
水間寺(水間観音)への参詣鉄道として敷設されました。
レトロな看板。
まず、貝塚駅で古レールチェック。
あるのはあるのですが、刻印が見当たりません。
なんとか一か所だけ見つけました。
カーネギー社製なのはわかりますが、年号がはっきりわかりません。
189?年かな?
電車が入線してきました。
この時間は空いていました。
ワンマンカーなので、途中駅では乗り降りする扉が決まっています。
扇風機が!エアコンはついているはずです。
ほぼ住宅地をのんびり走ります。
名越駅では上下線行き違いになります。
この駅にも古レールが使用されていましたが、刻印は見つからず。
終点の水間観音駅です。
苔玉を育てているようです。
待合の建物があり、カフェになっています。
YouTubeで水間鉄道ドラマ「アワーホーム」というのが製作されていて、
松平健さんがこの待合カフェの店長?さんをしています。
第1話を観ましたが、若き整備士さんの葛藤のお話でした。
あー!入ればよかったかなー
私の父は長年、南海電鉄の各所の電路区で働いていました。
鉄道が好きになった今になって、父も鉄道マンだったんだと…
もっと話を聞いておけばよかったかな。
ホームの横に車輛が静態保存されています。
製造は1942年(昭和17年)、元南海の車輛で、
水間鉄道の車両は代々南海からの譲渡で賄われていたそうです。
(「保存車めぐりの記録」より)
【貝塚】水間鉄道クハ553/水間観音駅 : 保存車めぐりの記録
頭の上の丸い照明がかわいいです。
終点なので車庫があります。
ドラマ「アワーホーム」でもここで整備する様子が映っていました。
「車庫は電車の家」というベテラン整備士さんのセリフがありました。
だから、「おかえり」と声をかける、と。
水間観音駅の外観がまだでした。
参詣鉄道にふさわしい外観ですね。
1926年(T15)開業。
改札を出たところに車輛の模型が展示されています。
トロリーポールです!
この模型はダンボール製です。(マツダ紙工業株式会社、協力)
写真の下に説明書きがあり、その場では読まなかったので、
帰ってから写真を拡大してみました。
すると、こんなことが書かれていたなんて。
左下に製造所名 堺市梅鉢鉄工場とあります!!
明治四十五年 南海鉄道。
うわー!うれしい!
静態保存の車輛も梅鉢製かな?
さらに、古レールチェックをしてみると、
上屋の柱からカーネギー社1900年と見える刻印がありました。
そして発注者が「NANKAI」。
車輛だけではなく、中古レールも南海(南海鉄道)のものでした。
仲良し![]()
架線柱も古レール使用で刻印がありました。
こちらもカーネギー社製、発注者は南海鉄道でした。
水間鉄道と南海鉄道、そして梅鉢鐵工所のつながりを知ることができました。
kapichanさん、ありがとう!


















