こんにちは、未知子です。
この記事の続きです。
当時のみんなの目の前で私の火傷を見せた先生に対しての、
なんとも言えない、怒りは、
私はヤケドをした事は「かわいそう」なのか??
心の奥底では、違う!かわいそうじゃ無いし!って主張していたんですよね。
私はかわいそうじゃ無い、被害者じゃ無い。って思ったんです。
でもなぜか、「かわいそう」と見られる私。
だから自分でいつの間にか、自分でも「そうかヤケドがある私ってかわいそうなのか」。
そういう意識に変化していきました。
それは本当に小学校1年生とか、その頃の出来事だったのですが、
その時は、かわいそうじゃ無い、違う!!って強烈に思ったのを最後に、
そこから先は、いつからか、
自分を「かわいそう」と思うようになっていました。
自分でかわいそうな存在と受け入れ始めました。
私はヤケドさせれたかわいそうな存在だと。
可愛いシール😍
私には大好きな祖母がいて、本当におばあちゃん子でした。
おばあちゃんはそれはそれはそれは可愛がってくれたので、なんでも買ってくれたし、なんでもしてくれました。
本当に人生で一番の愛を感じた存在です。
そのおばあちゃんも、私に「かわいそう」と言たことがありました。
色々治療しなければならなかったので、それを見ていったんですが、
そこでかわいそうって言われた時は、「そうか私は、かわいそうなんだ」とストンと思ったことを覚えています。
大好きなおばあちゃんの言葉だったから、ストンと私の中に入ってしまったのかもしれません。
そこからなのか、その後なのかいつからなのか、分かりませんが、
なんとなく私は、ヤケドさせられたかわいそうな私(被害者の私)、
一歳になる前の私をヤケドさせた加害者の母親、と見るようになりました。
だから、お母さんに対しては、
色々やってくれて当たり前、
もっとこうしてよ、
もっと大切にしてよ、
もっと優しくしてよ!と思ってました。
そしてその強い欲求はどこから来るのかというと、私は被害者だから、という意識だったんです💦
これに気がついたときは衝撃でした。
どこかお母さんを責めていたかったんです。
そしてそれはお母さんだけで無いです。
周りの人に対しても、私は可哀想な存在、被害者である私を振りかざしていたのでした。
だからいつもどこか心の深い深い奥底には、
こんな人生、自分のせいじゃ無い、誰かのせいだ。
お母さんのせいだ、周りのせいだ!!
って思っていたんです![]()
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ここにたどり着くまでノート20ページくらい笑
自分で自分を幸せにする!
自分の足で人生を歩くんだ!って
とうの昔に決めたはずなのに、心の深い〜奥底には、
まだまだこんな気持ちがあったんだ、って衝撃的すぎでした・・・。
ノートを書きながら、
胸を掻き毟られるような苦しい気持ちを感じながら、
最初は、やっぱり私は「被害者」としか思えませんでした。
自分も母親なので分かりますが、
小さな子供の怪我なんて、母親の不注意。
私は赤ちゃんでどうしようもなかった。
お母さんが悪い。
だから私は被害者だ。
なんで私ばっかりこんな目に合わなきゃいけないんだ。
何回もそんなことをノートに書きました。
そしたら、
この世に被害者はいない。加害者もいない。
ふっとそんな言葉が出てきました。
続きます。

