住吉三神によって、三つの力は明確に分かれた。

 
外へ向かう力。
中枢を保つ力。
統治として定着する力。
 
では、この力はどのように国家として現れるのか。
 
住吉三神によって、三つの力は明確に分かれた。
 外へ向かう力。
 中枢を保つ力。
 統治として定着する力。
 それぞれの力は、
単独で存在していたわけではない。
 
それらは、
結びつくことで動き始める。
 安曇磯良と豊姫。
阿部保蓮と神功皇后。 
 
それは血統ではない。
異なる力が接続された形である。 
 
では、この力はどのように国家として現れるのか。
 
その答えが、九躰皇子である。
 
■ 九躰とは何か
九躰皇子とは、九人の人物を指すものではない。
 
それは、三つに分かれた力が、さらに分岐し、配置された状態である。
 
■ 三から九へ
三つの力は、それぞれ独立している。
 
しかし同時に、それぞれは単独では成立しない。
 
外の力にも中枢が必要であり、統治には調整が必要であり、中枢もまた外との接続を持つ。
 
つまり、それぞれの力の中に、さらに三つの要素が存在する。
この構造が、それぞれに内包される。
 
三 × 三
 
これによって、九つの配置が生まれる。
 
これが、九躰である。
 
■ 配置としての国家
 
ここで重要なのは、九躰が人物ではないという点である。
 
それは配置であり、役割であり、機能である。
 
どこに外の力を置くのか。
どこに中枢を置くのか。
どこに統治を定着させるのか。
 
その組み合わせによって、国家は具体的な形を取る。
 
九躰とは、その配置の全体像である。
 
■ 氏族としての現れ
この構造は、そのままでは見えない。
だから、人として現れる。
安曇
中臣
阿部
 

 

さらに、この配置は後に 

葛城 

平群 

蘇我 

葛城

巨勢

といった勢力としても現れていく。

 

これらの氏族は、日本書紀 においては、武内宿禰の子孫として整理されている。

 

しかしここで重要なのは、血統ではない。

 

これらは、分かれた力が配置された結果として

現れたものと見ることができる。

 

外へ向かう力は、安曇の系統として現れ、中枢を保つ力は、中臣の系統として現れ、統治として定着する力は、阿部の系統として現れる。
 
それぞれの系統はさらに分かれ、各地に配置されていく。
 
それが、後の豪族である。
 
つまり九躰とは、氏族として展開された構造でもある。
 
■ 住吉との関係
住吉三神が示したのは、三つの力である。
 
九躰皇子が示すのは、その力がどのように展開されたかである。
 
分かれた力は、配置され、国家の骨組みとなる。
 
ここで初めて、構造は現実となる。
 
■ 結び
九躰皇子とは何か。
 
それは九人の皇子ではない。
 
三つの力が分かれ、
さらに配置された、国家の姿そのものである。
 
住吉で分かれた力は、ここで初めて具体的な形を取る。
 
構造は、現実となる。
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