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昔・・・、東京大空襲って言うのがあってね・・・、
お母さん、その時、錦糸町の服部精工舎の工場で爆弾作ってたの・・・、
仲の良いお友達と3人でね・・・。
その日(1945年3月10日)・・・、
アメリカのB29って飛行機が東京中に爆弾を落として・・・、
工場にも爆弾が落ちて来て・・・、
とにかく逃げなくちゃ・・・て、
お母さん、お友達と3人でしっかり手を繋ぎながら・・・、
総武線の線路をひたすら中野目指して、とにかく歩いたのよ。
東京中、あたり一面、焼け野原になっちゃった・・・。
みんなで泣きまくったの・・・。
でもね・・・、
その後、大人達が頑張ってくれたのよ。
おじいちゃんとか、おばあちゃんとか・・・、
他の大人達も一所懸命に頑張ったのよ。
あなたがこうして、毎日平和に楽しく暮らせるのは、
その時頑張ってくれた人達のお陰!
わからないだろうけど、忘れないでね・・・!
幼少時代から小学校時代にかけて、悪い事して怒られた後、母が度々口にした言葉だった。
そんな母の命日は1990年1月17日・・・・。そう、どういう偶然か・・・?
後に世間で「魔の1月17日」と恐れられる事になった、第二次オイルショックの日、湾岸戦争勃発の日、ロサンゼルス大地震の日、阪神淡路大震災の日、そしてライブドアショックによる東証株価大暴落の日です。
この度の東北関東大震災を経て、このところ毎日のように、脳裏にこの言葉が蘇って来るようになりました。
昨日は、全国的に卒業式が多かったようですね。
国難とも言える、未曽有の大災害後の卒業式とあって、どの学校も開催方法に戸惑っていたそうです。
被災地の一つ、岩手県宮古市でも卒業式が行われたそうで、この日小学校を卒業生する一人の男の子が、「これから自分達が宮古を元気にして行きたい!」と語ったそうです。
◎東日本大震災:卒業、巣立ちのアーチ 岩手の小学校、自衛隊、消防団員ら祝福
その言葉、凄いよ・・・有難う!
でもね、今、頑張らなきゃ行けないのは日本経済の最前線で毎日仕事をしている私達だよ!
被災され、仕事をしたくても出来る状況では無い方々の分まで、被災しなかった私達が頑張って仕事して、頑張って経済を回して、日本経済を失速させないようにしなくちゃいけないんだよ!
震災後、銀座オフィスから銀座駅までの帰り道は、まるで毎日お正月? と勘違いするような静けさです。
電車網の大混乱で、とにかく帰れる時にさっさと帰る方々、
被爆が心配で屋外をウロウロするのを自粛している方々、
こんな時に酒を飲むのも如何なものか?とためらっている方々、
色々な思いが交錯して、街中が閑散としてしまっているんでしょうね。
微力ながら、今こそ、私達が先頭に立って日本経済を支えなくちゃ!
昨日巣立った全国の小学校・中学校の卒業生の皆さんが社会人として活躍するまでに、私達が「復興を遂げた日本」を完成させ、彼ら・彼女らにバトンを渡すためにもね!
幼少時代に度々聞かされた母の口癖を思い出し、今こそ自分達の番が来た・・・と、強く考えるようになった今日この頃なのです・・。
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