障がいは私たち中に…娘の育児を通して考えること | 幸せのカタチ

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はじめまして。岡山県在住の真利(まり)です。4人の子どもの母として、ダウン症の娘との日々から多くを学んでいます。家族やご縁に感謝しながら、子育て・女性の生き方・人生の学びを発信しています。よろしくお願いいたします。

『障がい』は『私たちの間』にある



先日ダウン症協会代表理事の
玉井先生のお話を聞いて頭から離れない言葉





娘が生まれた時
私の娘はダウン症…
そんな気持ちでいっぱいになり
絶望し、苦しみ、嘆き、涙が止まりませんでした






でも今では
目の前にいるのは『私の娘』
ダウン症はありますが『私の娘』なのです






正にこの図の通り







『障がい』とはその人の中にあるのではなく
私たちの間にある






私の周りにいてくださる皆さんは
娘を我が子のように、親戚のように
娘の名前や相性を呼び
抱っこをしてくれ可愛がってくださいます





そこには決して娘に
ダウン症があるとかないとかは関係ありません





障がいをなくそう
障がいを治そう
その行為、思考の中に《障がい》というものを
作り出しているのではないか





障がいとはそもそも何なのか
今私は一生懸命考えているところで




以下のように障がいについて
書かれてありましたので抜粋させていただきます



各障害について知ることにより、

同じ「障害がある」といっても、

一人ひとり個性があるように、

障害も一人ひとり違うものであり、

対応の仕方もそれぞれ異なるものだ

ということが分かります。

そのことにより、一番大切なのは

「障害がある」「障害がない」ということに

関わらず、一人ひとりの「人」を

尊重することの大切さ、

そこからうまれる一人ひとりの

人への配慮によって、

ソフト面での心のバリアフリー、

ハード面でのユニバーサルデザインを

目指していくことができるのではないでしょうか。





私の兄はダウン症があるので
小さな頃から兄は《障がい者》という
《特別》な存在として私は関わってきました





だから友人に隠そうとした時期もあります
何で兄は障がい者なのかと悩んだり
一生懸命ダウン症についていろんな書籍を
読み漁った時期もあります




障がいって特別なこと特別な存在ではなく
《社会参加するときに配慮が必要な人》のこと





一人ひとり個性があり違う人間である
そう思ったら《障がい》という言葉は
私と相手の間にある壁のようなもの






相手との違いを受け入れ
相手を尊重し苦手なことは助け合う






その壁をなくすことこそが
障がいをなくすことであり
凸凹した部分を補い合える
そんな優しい社会になるのと思います




我が子に《障がい》があるとわかって
1番苦しむのは母親です




この社会でどうやって生きていくだろうか
受け入れられるだろうか
うまく適応できるだろうか?




仕事は?
結婚は?
その後の生活は?





正に私もこのようなことが頭の中を
埋め尽くした時期もありました





それは私の中で、私でさえ
ダウン症のあることが特別なことだったから…





私と同じように悩んでいる
ダウン症のある子を育てているママも
いらっしゃると思います





《障がい》ではなく《個性》と
いつか受け入れられたなら
もっと未来は明るくなります





社会は意外に優しく受け入れてくれる場所です
そうでないのならまだまだ
自分自身の中に《障がい》という《壁》を
作ってしまってるのではないか…と
見つめ直してみてください





少なくとも私の周りは優しさで溢れています





1番大切なことは

ソフト面での心のバリアフリー、

ハード面でのユニバーサルデザインを

目指していくこと




まだ息子たちには娘について
ダウン症であることについて話していませんが
その時が来たら娘の個性だよと教えるつもりです





ありのまま
そのままを受け入れられる社会を
助け合える社会を
まずは我が家から作っていこうと 





息子たちには私の目指す社会を
我が家から作っていきたいと思っています♡