思い出すのは母のことばかり…母が大好きな女の子でした【MY STORY1】 | 幸せのカタチ

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はじめまして。岡山県在住の真利(まり)です。4人の子どもの母として、ダウン症の娘との日々から多くを学んでいます。家族やご縁に感謝しながら、子育て・女性の生き方・人生の学びを発信しています。よろしくお願いいたします。

まりさん何をしているんですか?
そう多くの方に聞かれます





事業は多岐にわたり
今はいろんな活動やイベントの
サポートをさせていただいたり






女性起業家の方のプロデュースを
させていただいています






ゼネラリストの私…
今自分が望む世界を手に入れ
自分らしく生きています





これまでの私は
挫折や失敗ばかりの人生でした
ネガティブで根暗で
今の私とは真反対でした…

      



私はどうやって今の自分を手に入れ
そして私はこれから何をしていきたいのか
人生の目的、ミッションを探す旅に
出てみようと思います




どうぞお付き合いいただければ嬉しいです




自営業の両親と
13歳離れた兄の妹として生まれました
兄はダウン症。




兄の障がいのことを理解したのは
いつだったか
どんな風だったか覚えていません






小さい頃から活発で
犬や鶏や鳥たちと野山を駆け回る
自由奔放
勝気で、男勝りな女の子でした





近所の同年代のお友達や
ご老人の友人もいて(←友達感覚でした)
少し年上の従兄弟たちが
私にとってなんでも話せる兄弟で
すごく楽しかったのを覚えています





母は自宅でお好み焼き屋さんをしていて
午前中母と買い物に行き
お店の掃除をして
お客さんを迎えるスタイルが毎日の日課で





看板娘としてみんなに可愛がってもらいました
「まりちゃんの笑顔がいい!」と
よく褒められました





母の手伝いをするのがすごく楽しかった
褒められるからとかではなく
ただ純粋に母のお店の細々した作業が
すごく好きでした






とにかくうちに集まってくれる
みんなが大好きでした





私にとっては常連客の皆さんが
家族のようなもの
またお客さんたちも娘のように
可愛がってくださって大好きでした





ただ、母とゆっくり話したり
普通の(普通って何?ってなるけど)
母と子の関係が築けなかったことは
今でも私の心のキズとなっていて





母に私を見てほしい
母に褒められたい
母に認められたい
安心させたい
笑っていてほしい…





全ての基準が母でした





とても厳しい母で(私の記憶の中で)
心底甘えた記憶がありません





褒めてもらったことも…
(あるのだろうけど記憶にないんですよね)




私の記憶の中の母は
いつも家族のために頑張っていました
母を支えること
喜ばせることが
私にとって何より大切なこと。





子供の頃の私にとって
母が誰よりも大切で大好きで
でも甘えたくても甘えられない
すごく遠い存在でした




今思えば母も必死だったのだろうけれど…
こうして書いていて思い出すのは
母のことばかり





今日は母の誕生日。