何かを実現するにあたって

 

「目標を設定するタイプ」と

「勝手に開けていくのを楽しむタイプ」がいる。

 

俺は後者だと思っていた。

下手に目標を設定すると、それが上限となり、それ以上のものがやって来なくなる・・・

そんな風に思っていた。

 

事実、想像すらしていなかったような凄い夢が叶ったり、凄い現実がやってきて、「わーいわーい。ありがたいなぁ」と喜んで感謝しまくってると、さらに凄いことがやってきた。

 

だから「わーいわーいタイプ」だと思っていたのさ。

 

ところがだ。

 

案外目標設定していて、それを楽しんでいるのかも?ってことに気づいた。

 

 

ここ最近毎日自転車を走らせてるけど、走る行為そのものが楽しいけど「今日はこのくらい走ろう」と目標があると燃えるのだ。

 

今日はメーターが一周した。

57キロ走ったことになってるが、昨日の午後にキロ走った分も含まれるので50キロくらい走ったな。

 

40キロ走ると「行けそうだから50キロいってみるかな?」みたいな感じで、結構小刻みに目標を設定してる自分がいるんだよね。

 

オーストラリアを自転車旅していた時、毎日100キロ走ってた。

100キロ走る理由はシンプルで、100キロ走らないと町が無いからだ。

 

キリの良い数字って、良い目標になるんだよね。

その目標が積み重ねで、大きな目標が達成されたりする。

オーストラリアを横断した時、5500キロくらいになっていたんだけど、最初から大きな目標だとめげるので、毎日の小さな目標を励みにしていた。

 

てなことに気づいてさ。

案外目標設定もしているんだなーと。

目標設定しながらも、わーいわーいタイプもエンジョイしてるんだなと。

 

今日は野呂エイシロウさんが走ってたので声かけた!

バッタリあって、わーいわーいって感じだったのだw

 

展開していく楽しさもエンジョイしつつ、目標達成もエンジョイしていく。

両方とも楽しめるのが良いのかなと思ったのさ。

 

それと、ここ最近40キロ走って家に帰ってたのだが、今日50キロ走れたのは頭から水をかぶってみたからだ。

30キロ超えたところで「あ、オーストラリアの時みたいに、頭から水をかぶってみるかな」と思い立ち、やってみたらスゲー快適だった。

 

オーストラリアの時は、町をでるときしか水を被れなかったんだよな。

何せ町が無いから水も無い。

水はめちゃめちゃ貴重でさ。

 

街の水もレインウオーターと言って雨水を溜めていた。

それを頭から被りまくってると、なんつーか土の匂いがついてくるんだよなー。

 

ここは日本、どこでも水あるじゃん!ってことで、いつでも水をかぶれる!最高だ!ヒャッホー!って水を被った。

 

オーストラリアで水を被っても10分以内でカラカラに乾いてた。

だけど日本は1時間近くも乾かない。湿度が高いんだろうね。

 

それと、今でもゴクゴク水を飲めない自分がいてさ。

砂漠を横断していたとき、3日分の水を運んでいた。

一度口に入れた水は5分くらい含ませたまま走っていた。

砂漠気候の場所だったので、どこからともなく乾いた砂が飛んでくる。

口に入るんだけど、口の中の水分を奪っていくんだよね。

だからすごく喉が渇く。

 

その渇きを潤すために、一度含んだ水はなかなか飲まないのさw

頭から水をかぶるなんて、そんな贅沢できないし。

 

でもここは日本。水がいくらでもあるぜ!ヒャッホイ!って感じでありがたく水をいただいた。

 

で、あれから23年も経っているのに、いまだに水を遠慮しながら飲む自分がいるんだよねw