須永朝彦さん | 霽月日乗・ホーマーEのブログ

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個人の備忘録です。

作家、歌人、幻想文学研究家の須永朝彦さんが亡くなったらしい。らしい、というのは昨夜、高遠弘美さんのツイートで知ったからで、彼も国書刊行会(のI氏……もう今はフリーになられたあの人かな)からメールをもらったが詳細はわからないとおっしゃる。高遠さんと2、3ツイートを交わして(高遠さんともお久しぶりでした。光文社古典新訳文庫で刊行中のプルースト、大いに参考にさせてもらってます)、そのあとSNSをざっと見渡してみると、どうやら本当らしく、時間が経つにつれ寂しさと悔恨と、一口では表現し難い感情を抱えたまま今朝を迎えました。




今日のこの記事、こちらの匿名アカウントで書く話でもないのですが、インスタグラム……そちらは本名も少し匂わせてます……で取り上げるのも少し筋が違うと思い、他に適当なアウトレットもないものですから、仕方ないのでここに少し書いておくことにしました。)




そもそもの始まりは1998年の初め頃、国書刊行会からジョン・ポリドリの「吸血鬼」の新訳を作らないかという話を承ったことに端を発します。当時刊行中のアンソロジーシリーズ「書物の王国」の第12巻『吸血鬼』に所収の予定とのことで、須永さんはその巻の責任編集者でした。当時の僕は昼間は神保町の(家内の実家の)本屋で働いてましたが、そこにIさんと須永さんが直々にいらっしゃって打ち合わせ。その前年に同社から出してもらったロバート・エイクマンの短編集の拙訳を須永さんが気に入られてのお声がかりということで、僕としては大変に光栄なお話でした。ポリドリの吸血鬼は他の人の既訳がある作品でしたので、一応その辺を確認したところ、須永さんはその既訳が気に入らないと言います。それと、併録のバイロン「断章」は僕の大学の先輩で斯界の「スター」南條竹則さんが担当なさるということで、錚々たる先輩方の足を引っ張ることにならぬよう、全身全霊をもって工夫しないといけないと発奮しました。あの時のやりとりはもう20年以上も前の話なので記憶もおぼろげですが、作品の時代が19世紀初め頃なので、江戸時代の伝奇物語風に訳しましょうかと提案して、まあそのように訳すことになりました。できたものをご覧になって須永さんも面白がってくださって、それから色々とお話しさせてもらうようになった次第。赤坂のですぺらで行われた誕生日会に呼ばれたり、松山俊太郎さんを紹介してくださったり(もっとも松山さんはうちの本屋の顧客でもあったので、その前から面識はあったのですが)、いろいろとお世話になりました。


2005年の夏にうちの店が諸般の事情により規模を縮小することになって、僕は現場の責任者だったので他の社員に辞めてもらうのに伴って自分も詰め腹を切ることにして、本屋稼業から足を洗うことになりましたが、その際も須永さんから丁寧な心のこもったご挨拶を頂いたこと、生涯忘れません。


その須永さんもその後ライターズブロックなのかどうしても文章が書けないと吐露されたり、稀覯書を手放されて「いやもうタケノコ生活ですよ」と自嘲されたりするのを聞くにつけ、自分に何かできることはないかと考えたものの、僕も以上のような按配で金目のレコードや本を売って生活費や子供の学費に充てたりする体たらくで如何ともし難かった。須永さんが長年お暮らしになった築地から長野県に越されてからはほぼ連絡を取ることなく、今日に至ることになりました。とにかく以前お世話になったお返しが何もできなかったのが心苦しい。今作業中のエイクマンの自伝をせめてご一読頂きたかったのですが、相変わらずの遅筆でそれも叶わず。どんな理由があれ、やっぱり仕事はさっさと片付けなくちゃいけないと痛切に反省しています、後悔先に立たずですが。


最近の須永さんのツイートを見ると体調不良その他心が痛む言説が散見されるのも今更ながらに悲しい。どうかせめて安らかに眠られんことを心から願うばかりです。