甘いタイトルに隠された苦い現実
映画『大統領のケーキ』
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この作品が突きつける「日常の狂気」と涙のラスト。
大統領のためのケーキ。それは9歳の少女に課せられた、あまりにも重い使命だった。
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■作品情報
(原題:The President's Cake)
2025年/105分/PG12
イラク・アメリカ・カタール合作
<監督・脚本>
ハサン・ハーディ
<キャスト>
ラミア:バニーン・アハマド・ナーイフ ほか
第78回カンヌ国際映画祭:監督週間観客賞、カメラドール(新人監督賞)受賞。
本作は監督の長編デビュー作。独裁政権下のイラクを子どもの視点から描き、国内外で高い評価を受けた作品です。
■内容
1990年代、イラク。

国民が戦争と食糧不足に苦しむ中、フセイン大統領は自身の誕生日を祝うケーキを作るよう、国内の各学校に命じていました。

祖母と2人で暮らす9歳の少女ラミアは、小学校で行われたくじ引きによって「大統領のケーキ係」に選ばれてしまいます。
ケーキを用意できなければ、重い罰が待っている。
翌朝、ラミアは祖母とともに材料を探しに街へ向かいます。
父親の形見の時計、そして大切な友達である雄鶏ヒンディを連れて……。
しかし、そこでラミアは思いもよらない現実に直面します。
祖母の目的はケーキ作りではなく、ラミアを養子に出すことだったのです。
とっさに逃げ出したラミアは、祖母との暮らしを続けるため、自分自身の力でケーキの材料を集めようと決意します。
そして同級生のサイードとともに、街を駆け回ることになるのですが……。
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■偶然の出会いから、衝撃の一本へ
7月25日、横浜ブルク13にて鑑賞してきました。実は今回も、失効間近だったU-NEXTポイントで
「何か観ようかな」
と選んだ1本。正直、ポイントがなければ観ていなかったかもしれません。
しかし、最近この「失効ポイント枠」が当たり続き。そして今回も……とんでもない衝撃作でした。
観る前は、タイトルからして温かみのある、子どもたちの小さな冒険を描いた作品だと思っていました。
しかし、スクリーンに映し出されたのは、独裁政治の中で生きる子どもたちの厳しい現実でした。
『大統領のケーキ』は、映画には自分の知らなかった世界を見せてくれる力がある、そのことを改めて感じさせてくれる作品でした。
■ほのぼの冒険譚と思いきや、そこにあったのは「地獄巡り」
「大統領のケーキ」というタイトル。
どこかかわいらしい響きがあります。
しかし、この映画が描いているものは、決して甘い物語ではありませんでした。
表面的には、フセイン大統領の誕生日のために少女がケーキの材料を集める冒険物語です。
でも、その根底に流れているのは、
フセイン政権下の独裁政治、アメリカとの戦争、そして経済的困窮がもたらす「日常の狂気」です。
国民が今日食べるものにも困っている。
そんな状況の中で、独裁者の誕生日を祝うためのケーキ作りが命じられる。しかも学校でです。材料費はもちろん自分持ちなのです。
■ケーキの材料さえ手に入らない時代
ラミアが必死に集めていた小麦粉や砂糖、卵といった材料は、当時のイラクでは経済制裁の影響もあり、本当に簡単には手に入らない貴重なものでした。

そうした時代背景を知ると、彼女の必死さがより切実なものとして伝わってきます。
その矛盾には、映画を観ている側にも強い怒りが込み上げてきます。

街には大統領の巨大な肖像画が掲げられ、人々は常に権力の存在を意識しながら生活している。
大人たちは自分たちが生き残るため、子どもたちにまで重い負担を背負わせてしまう。
その姿が、やるせなく感じられました。
■少女ラミアと少年サイードが見た過酷な現実
ラミアが暮らしている場所は、水上生活者たちの集落です。
しかも祖母との二人暮らし。

学校へ行くにも自分で漕ぐ舟で移動しなければなりません。
隣に住む同級生のサイードも、決して恵まれた環境ではありません。
身体の不自由な父親を支えるため、生きるために盗みをしながら暮らしている少年です。
冒頭、そんな二人が無邪気に遊ぶシーンがあります。

ラミアとサイードは
「どちらが長く瞬きを我慢できるか」
という遊びをします。
最初は、
「ああ、やっぱり子どもだな」
と微笑ましく見ていました。
しかし、この何気ない遊びが、最後にはこれほど深い意味を持つことになるとは思いませんでした。
■大人の世界の理不尽さに胸が苦しくなる
ラミアは祖母と一緒に暮らし続けるため、必死にケーキの材料を集めます。
そのために、父親の形見である大切な時計まで手放さなければなりませんでした。

サイードと協力し、知恵を使いながら慣れない街で少しずつ材料をそろえていく二人。
途中には、一見親切そうに見える人物によって、少女が危険な状況に巻き込まれそうになる場面もでてきます。
観ていても、無事に逃げてほしいと願ったりしてしまうほどでした。
子どもが安心して生きられない社会。
それこそが、この映画の恐ろしさです。
そして、ようやく材料も揃い、サイードの母親に教わりケーキを作ります。完成したケーキを学校へ持っていった後の展開。
ここはぜひ作品を観て感じてほしいと思います。
少しだけ触れるなら、ラミアたちがあれほど苦労して集め、作り上げたケーキに対する大人たちの扱いには、怒りとやるせなさを感じずにはいられませんでした。
「なぜこんなことを、子どもたちが背負わなければならないのか」
そんな思いが込み上げてきました。
■涙が止まらない!ラストが突きつけるもの
この映画で最も心に残ったのは、やはりラストです。
詳しくは書きません。
ただ、ラストでサイードがラミアに、とっさに
「瞬きをしないゲームをしよう」と
言う場面。
冒頭では、ただの子どもの遊びにしか見えなかった「瞬きをしないゲーム」。
しかしラストで、その意味は一変します。
記事を書きながら、改めてあのラストシーンを思い返すと、今でも自然と目頭が熱くなります。
あの数秒間、
二人は何を見つめ、
何を見ないようにしたのか。
映画はすべてを説明しません。
だからこそ、観客は考えさせられます。
あの子どもたちは何を失ったのか。
大人たちは何を守れなかったのか。

そしてその後、エンドロールで映し出される、フセイン大統領が巨大なケーキを前に笑顔を見せる姿。
国民が苦しい生活を送る一方で、独裁者のために用意される巨大なケーキ。
その対比には、言葉にならない感情が込み上げてきました。
そして気づけば、自然と涙が頬を伝っていました。
■演技未経験とは思えない少女ラミア。そして名脇役ヒンディ
本作では、主人公ラミアを演じたバニーン・アハマド・ナーイフをはじめ、多くのキャストが演技未経験者です。
イラク映画界は、長く続いた戦争や混乱の影響もあり、国際的に知られる俳優は決して多くありません。
しかし彼女は、目だけで感情を伝える力があり、とても初出演とは思えませんでした

そして忘れてはいけない存在。
それは雄鶏ヒンディです。
ここぞという場面で響く、
「コケコッコー」
は、まさに名演技(笑)。
重いテーマの中で、ヒンディの存在が作品に温かさを与えていました。
■この物語は監督自身の体験から生まれた
この作品はフィクションではありますが、その根底には監督自身の体験があります。

(↑演技指導する監督)
ハサン・ハーディ監督は、ラミアと同じようにイラク南部の湿地帯で暮らすマーシュ・アラブの出身です。
本作は、幼い頃のある出来事から着想を得ていたようです。幼い頃、友人が劇中と同じように「大統領の誕生日ケーキ」を作る係に選ばれた出来事でした。
しかし、当時は経済制裁による食糧不足の中で材料を集めることができず、罰としてその友人は後に少年兵として戦場へ送られてしまったそうです。
また、フセイン政権下では監視社会が続き、劇中で描かれる戦闘機が飛び交う光景も、戦争が日常となっていた当時の現実を映しています。こうした背景を知ると、ラミアの小さな冒険が、当時を生きた子どもたちの現実そのものだったことが伝わってきます。
■知っておきたい背景――水上生活者「マーシュ・アラブ」の悲劇
映画の中で、ラミアたちが舟で移動し、葦(アシ)で作られた家々が並ぶ集落を通る場面があります。
この水上生活者たちは、実在する「マーシュ・アラブ(湿地のアラブ人)」がモデルです。
映画を観終わった後、ブログを書くために作品の背景を少し調べてみました。そこで初めて彼らの存在を知りました。

(↑劇中にはでてきません)
彼らはイラク南部、ティグリス川とユーフラテス川が合流するメソポタミア湿原で、古代から独自の文化を築いてきた人々です。
葦で作った家屋や舟を使い、水と共に暮らしてきました。
しかし1990年代、フセイン政権による弾圧によって、その生活は大きく変わります。
政権は湿地帯を反政府勢力の隠れ場所とみなし、大規模な排水事業によって湿原を干上がらせました。
その結果、多くの人々が故郷を追われ、長い歴史を持つ生活文化は大きな打撃を受けました。
この背景を知ることで、映画に登場する水上集落の風景が、より深く胸に残ります。
■ほくと的まとめ
正直に言えば、観る前の想像とはまったく違う作品でした。
この映画は、大統領のためのケーキそのものではありません。独裁政治の犠牲になった子どもたちの"失われた子ども時代"を描いた作品だと思います。
『大統領のケーキ』というタイトルからは想像もできないほど、胸をえぐられるような理不尽な現実が描かれていました。その衝撃は、鑑賞後もしばらく心から離れませんでした。
また、この作品をきっかけに、映画では語り切れなかった「マーシュ・アラブ」の歴史を知ることができたことも、大きな収穫でした。
映画には、知らなかった世界を見せてくれる力がある。そのことを改めて実感した一本です。
U-NEXTポイント消化という偶然の出会いでしたが、この作品に出会えたことに感謝しています。
現時点では「ほくとの気ままなブログ・年間グランプリ」の有力候補に入るほど、心に深く残る作品となりました。
派手な作品ではありませんが、描かれているテーマやメッセージを、一人でも多くの方に知っていただきたいと思える作品でした。
評価:5点満点中4.0
(画像すべてお借りしました)













