映画『マンダレイ』とは?ドッグヴィルとの関係と続編情報まとめ | ほくとの気ままなブログ

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正義のつもりが、独裁になることもある。

 

映画「マンダレイ」

 

 

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  • 善意が暴力に変わることって、実際にあるのだろうか?
  • 映画『マンダレイ』は、正義と自由、善意と支配の境界を鋭く描き出す作品です。
  • ラース・フォン・トリアー監督ならではの挑発的な映像世界に、あなたは引き込まれるでしょう。

 

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2005年 

デンマーク、スウェーデン、オランダ、フランス、ドイツ、イギリス、イタリア

139分

<監督>

ラース・フォン・トリアー

 

<キャスト>

●ブライス・ダラス・ハワード:グレース(主人公。前作『ドッグヴィル』ではニコール・キッドマンが演じた)

●ウィレム・デフォー:グレースの父(ギャング団のリーダー)

●ダニー・グローヴァー:ウィルヘルム(黒人使用人の一人)

●イザック・ド・バンコレ:ティモシー(黒人使用人のリーダー格)

●ローレン・バコール:ママ(マンダレイの支配者)

●ウド・キア:ジュリアン(脇役。前作『ドッグヴィル』にも出演)、

●ジョン・ハート(ナレーション)

 

<内容>

舞台は1933年、アメリカ南部アラバマ州。

南北戦争と奴隷解放宣言から約70年が経過しているにもかかわらず、マンダレイという大農場では、いまだに奴隷制度に似た搾取が続いていました。

 

Manderlay | Rotten Tomatoes

 

前作『ドッグヴィル』で命からがら逃げ延びたグレース(演:ブライス・ダラス・ハワード)は、父(演:ウィレム・デフォー)のギャング一行が旅の途中、黒人女性に呼び止められマンダレイに足を踏み入れます。

 

 

そこで目にしたのは、鞭打たれようとしている黒人使用人ティモシーの姿。グレースは銃を使って介入し、農場の女主人ママはその場で息絶えてしまいます。

 

 

命令者を失った使用人たちを前に、グレースは「民主的で自由な共同体」を築こうと決意。

だが、そこからが物語の本番。

理想に燃えたグレースの改革は、予想だにしない方向へ進んでいきます…。

 

(Wikipedia参照)

 

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  • 正義を貫く行動が全てに於いて正しいのか?
  • 一方的で押し付けがましい民主主義は、たんなる自己満足感に過ぎないのではないか?

 

アメリカの奴隷制度や黒人に対する人種差別、多数決による自由主義を皮肉る態度のトリアー作品。

「アメリカ合衆国 - 機会の土地」三部作の2作目(第3作は未制作)。

 

またまたラース・フォン・トリア作品のご紹介。ネット配信で鑑賞。

前に紹介した「ドッグヴィル」

 

 

の続編のような内容です。

一部スタッフをかえて、前作からの続きになっています。

 

ラース・フォン・トリアー節、炸裂

今回も舞台は、ほぼ舞台劇スタイルのセット。

 

マンダレイの画像一覧 | 映画ポップコーン

 

まっさらな空間にチョークで描かれた家の間取り、壁も屋根もない“抽象的な世界”で繰り広げられる物語は、まるで実験映画のよう。

 

マンダレイ - 解説・レビュー・評価 | 映画ポップコーン

 

でもそれが逆に、観る者の想像力を刺激します。

 

 

そして例によってトリアー監督、観る者を気持ちよくさせる気ゼロです(笑)

 

 

グレースという「善意の暴力」

前作ではニコール・キッドマンが演じたグレース役を、本作ではブライス・ダラス・ハワードが引き継いでいます。ちなみに、父親はあのロン・ハワードです。

 

前作では逃げ込んだ先で住人の善意の変化を描いていましたが、今作では自らが改革者としてコミュニティに入り込む内容です。

 

PINNLAND EMPIRE: MANDERLAY: LARS UNCHAINED...

 

彼女は

「正義感」と「理想」

に燃えています。

でもその行動が徐々に

「善意の押しつけ」

になり、やがて自由を与えるはずだった相手を再び支配してしまうという、皮肉で悲しい展開に…。

 

 

この映画は、単にアメリカの人種差別を批判しているだけではなく、

 

「本当の自由とは何か?」
「誰かを助けるって、本当に助けてるの?」
「善意が暴力に変わるとき、人はそれに気づけるのか?」

 

という、普遍的な問いを突きつけているように感じました。

 

 

ママが残した“日記”が暴く、自由の裏側:ネタバレ注意

物語の後半、マンダレイ農園の元支配者であるママが生前に書き残していた日記が見つかります。

その内容は、観ている私たちにも、そして改革を進めていたグレースにも、冷や水を浴びせるような事実を突きつけるものでした。

 

 

そこに書かれていたのは、

「この農園の黒人たちは、完全な自由を与えられたとしても自立できない。だから私は“制限付きの支配”を続ける必要がある」

という思想だったのです。

 

しかも彼女は、使用人たちの性格をしっかり把握し、一人一人に

“役割”と“精神的支え”

を与え、コミュニティをある種の疑似家族のように設計していたということが分かってくるのです。

 

 

衝撃の真実:果たしてママは悪だったのか?

グレースはママを「暴君」だと思い、彼女の死後に農場を“正義”で再構築しようとしました。

しかし日記を読んだとき、自分の改革の方がむしろ場を混乱させ、住民たちの生活を奪っていたのではないか、という疑念が生まれます。

 

そして観客にも問いが投げかけられます。

  • 「ママのやり方は、支配ではなく“保護”だったのではないか?」
  • 「自由と平等は、彼らのように教育も準備もない状態では、逆に混乱と苦しみを生むのでは?」

 

つまり、トリアー監督がここで、一方的な正義や改革が、時にそれ以上の“暴力”になることを描いているのではないかと思ったりもしました。

 

ほくと的考察

この“日記の存在”が本当に絶妙で、また今作品の中での核になる部分。グレースの改革が必ずしも“正しい”わけではなかったという疑念が芽生え、観ているこちらも判断が迷うほど。

 

結局、誰が正しかったのかは劇中では明言されません。


でもそれこそが、この映画の本質。

  • 善と悪
  • 支配と自由
  • 正義と暴力

の境界が曖昧になっていく不安。

それは、現代社会のあらゆる場面に通じる深い問いかけだと感じました。

 

 

「解放」のその先にあるもの

前述の内容と関係してきますが、私がこの映画で一番引っかかったのは、自由にしたはずの人々が、再び“ある形”の秩序を求めてしまうという描写。

劇中では

「自分たちは命令されることに慣れていた。今は何をしていいのか分からない。」

というセリフがでてきます。

 

一見すると愚かに見えるけど、よく考えると人間って、急な変化に耐えられない生き物なんですよね。

 

“自由”には責任がつきまとう。

 

MANDERLAY - European Film Academy

 

そして、グレースの教えた「多数決」によって、彼女はラストで自らが皮肉な運命に直面することになります。

自由その責任が重すぎる時、人は誰かに支配されることを「安心」と錯覚する。

それは、現代社会にも通じる皮肉な真実でしょうか。

 

 

クライマックス:自由と責任、そして裏切り

グレースの支配は次第に不安定になり、農園内で事件が起き始めます。
中でも大きな転機となるのが、グレースが、自由にしたはずの住民たちからの“裏切り”に遭う場面。そこで彼女は気づくのです。
自分が与えた自由が、相手にとっては押しつけであり重荷だったことを。

 

マンダレイの画像一覧 | 映画ポップコーン

 

結末では、グレースはついに父の元へ戻ることを決意します。

彼女の目からは、理想への情熱も、正義感も、何も残っていません。

ただ、現実の重みによって心を折られた女性がそこにいます。

 

はたして彼女は父のもとに戻れるのか?

その先には驚愕のラストが待っているのです!

乞うご期待。

 

 

象徴とメタファー:アメリカ批判と人間性の探求

この作品が描いているのは、単なる人種差別問題ではありません。むしろ、リベラリズムの傲慢さ、正義の名を借りた支配、人間が“自由”よりも“秩序”を求めてしまう心理といった、

非常に深い人間の本質です。

 

マンダレイ シネマの世界<第382話> : 心の時空

 

トリアー監督はインタビューで、

「アメリカを批判するつもりではなかった。ただ、人間の構造を描いた」

と語っていたようです。

 

確かにこの作品はアメリカが舞台ですが、描かれているのは世界中どこにでも存在しうる人間の業ではなかったのでしょうか。

 

やっぱりトリアー監督はすごい!

 

ほくと的まとめ

『マンダレイ』は、トリアー節炸裂で好みは別れそうな内容。でも、「自分が正しい」と信じることの危うさに気づかせてくれる、稀有な作品だと思います。

 

 

社会問題、人間の本質、そして

「正しさとは何か」

を考えるには、良い教材かもしれません。

ラスト彼女の取った行動、そして住人の彼女に対する行動、ここは見逃せませんよ!

 

ドッグヴィルと根底では同じ匂いを感じさせる作品でしたが、また違った方向性のテーマで描いていて、なかなか面白かったです。

 

ただ実験的なセットでの驚きやエンドロールでの演出のメッセージ、その描き方の驚きは今回はなかったですね。

でも、観てよかった。

 

 

トリアー監督だからこそこのようなテーマ性のある作品を作れるのだと納得しました。

 

やっぱり最後の締めは

 

「善も悪もあることを心得よ!」

Byラース・フォン・トリア(キングダムより)ですね。

 

このキャッチは、彼の作品に共通してあるメッセージのような気がします。

 

評価:5点満点中3.8

(画像全てお借りしました)