安岡正篤師の心に響く言葉より…
《早く老いることの原因は、肉体より精神にあります。
精神に感激性のなくなることにあります。
物に感じなくなる、身辺の雑事、日常の俗務以外に感じなくなる、
明治時代は我が国おいて最も若い感性にあふれた時期でした。
黒船の来航をきっかけに長く続いた幕藩体制が崩壊し、
この時代の指導者はすぐに感激して泣いたと安岡は指摘しています
「明治の人達、といっても詔勅に関係ある人達ですから、
「兎(と)に角(かく)昔はよく泣いておる。
この時代の指導者たちの感激性は天下や国家を論じ、
彼らの精神的な感激性が世俗的な欲求から解脱させていました。
しかし、時代がくだるにつれて義は廃れ、
すると「利(り・お金)」のために特権を使うようになり、
この感激性が薄れた時代とは「
『安岡正篤 運命を思いどおりに変える言葉』(池田光)イースト・プレス
行徳哲男師にこんな言葉がある。(感奮語録)より
『孔子は喜怒哀楽の激しい人だった。
「憤(いきどおり)を発して食を忘れ、楽しみて以(もっ)て憂(
そのときの様子は「慟哭(どうこく)」
四大聖人の一人と崇(あが)
喜怒哀楽してこそ悟りなのではないか。
喜怒哀楽は人間の一番自然な姿である。
自然とは自然(じねん)であり、自ら燃ゆるである。
つまり、自らのエネルギーが起爆する状態が自然なのである。
喜怒哀楽を失うことは不自然な状態。
自然しない状態である。』
そして、こうも語る。
『感動なき民族は滅びる。
感激なき人間は二十一世紀に生き残ることはできない。』
感激性を失ったとき、人としての魅力は失われる。
およそ、つまらない、木偶(でく)のような、
かつて、江戸城を無血開城に導き、
鉄舟は西郷隆盛に対し、涙を流してその是非を説いたという。
涙ながらの説得に、最後は、
鉄舟も西郷もまた、涙の人であった。
「何かを成し遂げた人は、みな感激性が高い」
感激性の高い人間でありたい。