日月神示と食の秘密 | ひふみ塾 世回りブログ

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天啓の書と言われる日月神示。


その第一人者である中矢伸一先生の言葉を借りれば、「西洋産の予言の類などではなく、真理を開示したものであり、この世の問題の全ての解決方法が載っている叡智の宝庫。

活用によっては個人から国家、または世界全体まで変えることが出来る。」

私自身も読めば読むほど、知れば知るほどそのように思えます。

そしてその実践者は日月神示が示す通りに個が繁栄している。

それが日本にスピリチュアルメッセージとして降りてきたのは、世界が日本に目を向け始めているように、日本から世界が変わって行くと言われている、まさにその為の日本人の目覚めが必要とされているからなのかも知れません。




多くを指南してくれている日月神示で、最も身近なメッセージの一つである「食」に対するものがあります。

「悪い食物、悪く食べるから、悪くなるのぢゃ」

「食いて生くべきもので人殺すとは何事ぞ」

「そなたは、食べ物は自分でないと思うているが、食べるとすぐ自分となるではないか」

「口から入るもの気つけよ、いくさ(戦)起こるのぢゃ」

「腹八分、二分は先ずささげよ。運ひらけるぞ。病治るぞ。」

「人は思うておるより少しの食べ物で生きられる。食べるということはその生命をいただくことじゃ。」

「食物節してこそ、ささげてこそ、運ひらけるのぢゃ。病治るのぢゃ。食物、今の半分で足りると申してあらうが。遠くて近いものヒフミの食べ方してみなされよ。運ひらけ、病治ってうれしうれしと輝くぞ。そんなこと位で、病治ったり、運開ける位なら、人民はこんなに苦しまんと申すが、それが理窟と申すもの、理窟悪と申してあるもの。低い学に囚われたメクラ、ツンボと申すものぞ。」

「腹一杯食べてはならん、死にゆく道ぞ、二分を先づ神にささげよ。流行病は邪霊集団のしわざ、今にわからん病、世界中の病はげしくなるぞ。」

「食物、食べ過ぎるから病になるのぢゃ。不運となるのぢゃ。口から出るもの、入るもの気つけよ。」

「臣民一日に二度食べるのざぞ、朝は日の神様に供へてから頂けよ、夜は月の神様に捧げてから頂けよ、それがまことの益人ぞ。」

「みなみな気つかん理、気つかん病になってゐるぞ。ツキモノがたらふく食べてゐることに気づかんのか。食物節すればツキモノ改心するぞ。」

「四ツ足を食ってはならん。共喰となるぞ。草木から 動物生まれると申してあろう。神民の食物は、五穀野菜の類であるぞ。」

「日本には、五穀、海のもの、野のもの、山のもの、皆 人民の食いて生くべき物、作らしてあるのぢゃぞ。日本人には肉類禁物ぢゃぞ。」

「日本には五穀、野菜、海、川、いくらも弥栄の食物あるぞ、人民の食物間違へるでないぞ」

「獣の喰ひ物くふ時には一度神に献げてからにせよ、神から頂けよ、さうすれば神の喰べ物となって、何たべても大じょうぶになるのぞ、何もかも神に献げてからと申してあることの道理よく分りたであろがな」

「一二三(ひふみ)の食物(たべもの)に病無いと申してあろがな、一二三の食べ方は一二三唱(十七)へながら噛むのざぞ、四十七回噛んでから呑むのざぞ、これが一二三の食べ方頂き方ざぞ。神に供へてから此の一二三の食べ方すれば何んな病でも治るのざぞ、皆の者に広く知らしてやれよ。心の病は一二三唱へる事に依りて治り、肉体の病は四十七回噛む事に依りて治るのざぞ、心も身も分け隔て無いのであるが会得る様に申して聞かしてゐるのざぞ、取り違い致すでないぞ。」

「ひふみの食べ方 心得たら、今度は気分ゆるやかに嬉しウレシで食べよ。天国の食べ方ぞ。」

「霊人の食物は、その質において、その霊体のもつ質より遠くはなれたものを好む。現実社会に於ける、山菜、果物、海草等に相当する植物性のものを好み、同類である動物性のものは好まない。何故ならば、性の遠くはなれた食物ほど歓喜の度が強くなってくるからである。霊人自身に近い動物霊的なものを食べると歓喜しないのみならず、返って不快となるからである。そして霊人は、これらの食物を歓喜によって調理している。そしてまた与えられた総ての食物は、悉く食べて一物をも残さないのである。」

「食物は科学的栄養のみに囚われてはならん。霊の栄養、大切」

*これが全てではなく、一部抜粋もあり

日月神示はその人その人で八通りに読めるぞとあります。

その時の心のあり方、知識などによって変化し、読めば読むほどその本当の真髄がわかってくるという。

抽象的な表現が多い日月神示は、こと食事に対するメッセージは具体的なものが多い。

それだけ大切な事なのです。

これらはどのように読めたでしょうか?

現代栄養学は、日に日に進歩しているのかも知れません。

しかしその反面、利権や都合の良い解釈が伝えられる事が多いものでもあります。

様々な論争がある食事について、日月神示はこのようにも伝えています。

「そんなこと位で、病治ったり、運ひらける位なら、人民はこんなに苦しまんと申すが、それが理屈と申すもの。理屈悪と申してあるもの。低い学に囚われたメクラ、ツンボと申すものぞ。」

「理屈すてよ。すててやって見なされ。みなみな気つかん理(ミチ)、気つかん病になってゐるぞ。ツキモノがたらふく食べてゐることに気づかんのか。食物節すればツキモノ改心するぞ。先づ百日をめあてに、百日過ぎたら一年を、三年つづけたら開運間違ひなし。病もなくなってうれしうれしとなるぞ。三年目、五年目、七年目ぞ、めでたいナア、めでたいナア。」

少なくとも私は、ことごとく現代栄養学による定説は覆されていくのもですが、この日月神示の食のあり方を実践して、この通りにならない方は見た事がありません。
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