「逝きし世の面影」は、江戸時代の末期から明治時代の初期にかけて日本を訪れ、世界に類を見ない日本の精神文明を体験した欧米人の手記や書簡を掲載している渡辺京二氏の著作です。
ここに当時の日本人が、日本社会がどうであったのか、外国の目から見た真実があります。
不思議な事に、日本の歴史教育では伝えられないものでもあり、むしろ日本の歴史教育ではどの時代においても日本の素晴らしさは教えられない。
江戸時代においても、争いの無い時代が300年弱も続いた時代であるのもかかわらず、鎖国をした閉鎖的な時代だったとする事さえある。
それは戦後日本を覆った自虐史観と共に、とにかく日本文化を無くし、西洋文明こそこの世の全てだという洗脳教育なのです。
「逝きし世の面影」を一部引用。
●幸福そうな日本人
『この人たちは実に日本の大きな魅力である。......幸福で礼儀正しく穏やかであり、温和しい声で何時もニコニコしながらお喋りをし、ちょっとしたことからも健やかな喜びを吸収する恵まれた素質を持ち、何時間となく続けてトボトボ歩いてあちらこちら見物しても、決してへばらない羨ましい身体と脚を持っているなどの点で、日本の楽しい群衆にひけをとらないものがあると公言できる国など何処にもあるまい』『日本の庶民はなんと楽天的で心優しいのだろうか。なんと満足気に、身ぎれいにこの人たちは見えることだろう(パーマー)』
『これ以上幸せそうな人びとはどこを探しても見つからない。喋り笑いながら彼らは行く。人夫は担いだ荷のバランスをとりながら、鼻歌をうたいつつ進む。遠くでも近くでも、『おはよう』『おはようございます』とか、『さよなら、さよなら』というきれいな挨拶が空気をみたす。夜なら『おやすみなさい』という挨拶が。この小さい人びとが街頭でおたがいに交わす深いお辞儀は、優雅さと明白な善意を示していて魅力的だ。一介の人力車夫でさえ、知り合いと出会ったり、客と取りきめをしたりする時は、一流の行儀作法の先生みたいな様子で身をかがめる(アーノルド,1889)』
『この町でもっとも印象的なのは(そしてそれはわれわれの全員による日本での一般的観察であった)男も女も子どもも、みんな幸せで満足そうに見えるということだった(オズボーン)』
●親切で礼儀正しい日本人
『住民が鍵もかけず、なんらの防犯策も講じずに、一日中家を空けて心配しないのは、彼らの正直さを如実に物語っている(クロウ)』
『私は全ての持ち物を、ささやかなお金を含めて、鍵も掛けずにおいていたが、一度たりとなくなったことはなかった(ムンツィンガー,1890)』
『彼らは不信を抱いたりあつかましく振舞うことは一度もなく、ときには道案内のために、世話好きであるが控えめな態度でかなりの道のりをついて来たり、あるいは子供たちにそれを命じたりした(オイレンブルク使節団)』
『もう暗くなっていたのに、その男はそれを探しに一里も引き返し、私が何銭か与えようとしたのを、目的地まですべての物をきちんと届けるのが自分の責任だと言って拒んだ(バート,1878)』
●当時の日本人の暮らしぶり
『柿崎は小さくて貧寒な漁村であるが、住民の身なりはさっぱりしていて、態度は丁寧である。世界のあらゆる国で貧乏にいつも付き物になっている不潔さというものが、少しも見られない。彼らの家屋は必要なだけの清潔さを保っている(ハリス,1856)』
『日本人が他の東洋諸民族と異なる特性の一つは、奢侈贅沢に執着心を持たないことであって、非常に高貴な人々の館ですら、簡素、単純きわまるものである。すなわち、大広間にも備え付けの椅子、机、書棚などの備品が一つもない(カッテンディーケ)』
『彼らは皆よく肥え、身なりもよく、幸福そうである。一見したところ、富者も貧者もない。ーこれが恐らく人民の本当の幸福の姿というものだろう。私は時として、日本を開国して外国の影響を受けさせることが、果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるかどうか、疑わしくなる。私は質素と正直の黄金時代を、いずれの他の国におけるよりも多く日本において見出す。生命と財産の安全、全般の人々の質素と満足とは、現在の日本の顕著な姿であるように思われる(ハリス,1857)』
『貧乏人は存在するが、貧困なるものは存在しない(チェンバレン)』
『金持ちは高ぶらず、貧乏人は卑下しない。......ほんものの平等精神、われわれはみな同じ人間だと心底から信じる心が、社会の隅々まで浸透しているのである(チェンバレン)』
●当時の日本の農業水準
『郊外の豊穣さはあらゆる描写を超越している。山の上まで美事な稲田があり、海の際までことごとく耕作されている。恐らく日本は天恵を受けた国、地上のパラダイスであろう。人間がほしいというものが何でも、この幸せな国に集まっている(リュードルフ,1855)』
『日本の農業は完璧に近い。その高い段階に達した状態を考慮に置くならば、この国の面積は非常に莫大な人口を収容することができる(カッテンディーケ)』
『日本人の農業技術はきわめて有効で、おそらく最高の程度にある(メイラン)』
●日本人の美意識
『ヨーロッパ人にとっては、芸術は金に余裕のある裕福な人々の特権にすぎない。ところが日本では、芸術は万人の所有物なのだ(ヒューブナー)』
『この国の魅力は下層階級の市井の生活にある。......日常生活の隅々までありふれた品物を美しく飾る技術(チェンバレン)』
●日本の封建社会について
『日本人は完全な専制主義の下に生活しており、したがって何の幸福も満足も享受していないと普通想像される。ところが私は彼ら日本人と交際してみて、まったく反対の現象を経験した。専制主義はこの国では、ただ名目だけであって実際には存在しない』『自分たちの義務を遂行する日本人たちは、完全に自由であり独立的である。奴隷制度という言葉はまだ知られておらず、封建的奉仕という関係さえも報酬なしには行われない。勤勉な職人は高い尊敬を受けており、下層階級のものもほぼ満足している』『日本には、食べ物にこと欠くほどの貧乏人は存在しない。また上級者と下級者との間の関係は丁寧で温和であり、それを見れば、一般に満足と信頼が行きわたっていることを知ることができよう(フィッセル,1833)』
『日本の上層階級は下層の人々を大変大事に扱う』『主人と召使の間には通常、友好的で親密な関係が成り立っており、これは西洋自由諸国にあってまず未知の関係といってよい(スエンソン)』
●日本の子どもたち
『私はこれほど自分の子どもに喜びをおぼえる人々を見たことがない。子どもを抱いたり背負ったり、歩くときは手をとり、子どもの遊技を見つめたりそれに加わったり、たえず新しい玩具をくれてやり、野遊びや祭りに連れて行き、子どもがいないとしんから満足することがない。他人の子どもにもそれなりの愛情と注意を注ぐ。父も母も、自分の子に誇りをもっている...(バード)』
『怒鳴られたり、罰を受けたり、くどくど小言を聞かされたりせずとも、好ましい態度を身につけてゆく』『彼らにそそがれる愛情は、ただただ温かさと平和で彼らを包みこみ、その性格の悪いところを抑え、あらゆる良いところを伸ばすように思われます。日本の子供はけっしておびえから嘘を言ったり、誤ちを隠したりはしません。青天白日のごとく、嬉しいことも悲しいことも隠さず父や母に話し、一緒に喜んだり癒してもらったりするのです。それでもけっして彼らが甘やかされてだめになることはありません。(フレイザー婦人)』
これらはほんの一部ですので、ぜひお読み頂く事をおススメします。
このような日本社会は、食文化、教育、地方自治などが高度に営まれていた事。そして美徳の文化や精神性や宗教感もはるかに高かった事も関係しています。
こんな時代に今の現代社会の科学技術が取り入れられたらどんなに素晴らしく、快適な社会となるのか。
それを地上天国とも呼ぶべきミロクの世というのではないかと思ったりもします。
様々な外国人達が言っているように、世界最高峰の精神性文化を私達の祖先たちは持っていたのです。
さらに現在、世界最高峰の技術も持っている。
そんな調和的な高度な社会を創り上げる可能性を、私達日本人は持っているのです。
その為に、戦後植えつけられた思い込みや自虐史観から私達は解放される必要があると思うのです。


