
〈ねずさんのひとりごとより転載〉
戦後生まれの私たちは素晴らしい時代を生かさせていただいたものだと思います。
子供の頃は、舗装道路なんてそんなになかったし、道端には必ず側溝(ドブ)があったし、雨が降れば小学生の長靴など沈んでしまうくらい深い水たまりもできました。
学校給食は、コッペパンに脱脂粉乳で、校舎も木造校舎でした。
けれど、日本はみるみる豊かになり、学生たちが角帽持って赤軍デモなどをしている横では、大人たちが黙々と毎日建設に明け暮れ、道に建築中の建物の音が絶えた日がないくらいでした。
社会人になると、高度成長経済に浮かれ、入社したての新人OLが、その年の夏のボーナスで南の島やヨーロッパなどの海外旅行に出かけて行きました。
戦後70年。
その間、日本は戦禍に遭うこともなく、交通戦争とか企業戦争などいう言葉はありましたけれど、実際に徴兵などもされることもなく、おそらく自衛隊や警察官以外の人であれば、ホンモノの銃など見たこともないという人のほうが、圧倒的多数ではなかろうかと思います。
バブルは崩壊しましたが、それでも日本は食べ物も豊富にあり、外食レストランに行けば、世界中のおいしい料理を食べることもできます。
誰もが車に乗り、冬暖かく夏涼しいエアコンの効いた部屋に住むことができ、どこのご家庭にもテレビがあり、電子レンジがあり、冷蔵庫があります。
けれども、よく考えてみれば、戦後生まれの私たちの世代は、戦前の教育を受け、長く苦しい戦いを経験し、戦後の焼け野原から裸一貫でこの国を立てなおした多くの諸先輩たちが社会の中核を担う中で、ただ言われたとおりに若さと労働力を提供してきたにすぎません。
私たちの世代は、子供の頃は戦後の貧しい中で給食のコッペパンが不味いと文句を言い、若い頃は「俺たちは戦争を知らない子供たちだ」といいながら口先だけの反戦を唱え、長じては先輩たちが爪に火を灯すようにして蓄えた貯蓄を浪費し、ついにはバブルのマネーゲームに精を出して日本の富を散財させ、郵貯まで失い、いまや日本経済を沈滞化させているのみならず、この国の存続さえも危機にさらしています。
爺さんの世代は、苦しくつらい戦場でした。
オヤジの世代は、焼け野原の日本の復興の汗の時代でした。
私たちの世代というのは、いったい何だったのでしょうか。
もうすこし象徴的に言うならば、
爺さんの世代は、荒れ地を耕しました。
オヤジの世代は、畑を作りました。
私たちの世代は、できあがった作物を腹いっぱい食べ、土地をころがして贅沢をし、それだけじゃなく自分の代では払いきれない借金を作り、いままたさらに友愛や世界平和と綺麗ごとを並べてこの土地を日本を敵対視する国に売り渡そうとしているように思います。
私たちの世代は、親の代までに本当に血のにじむような努力をして築き上げてきた財産の恩恵にたっぷりと浸からせていただいただけでなく、もし、何もかも食い散らかした世代というならば、それってシロアリと同じかもしれません。
おかげで、本来なら死罪にすらなりかねないような反日的な言論や、「セン」人分の「ゴク」つぶしよりさらにわるいバカ者を官房長官に据え、明らかに外国人スパイとわかる人を、ちょっといい女だからと大量得票を与えて政治家にしました。
その結果どうでしょう。
私たちは親や祖父母に多大な恩恵を受けていながら、私たちの子や孫に、いったい何を残すのでしょうか。
多少のお金ですか?
そのお金も国がなくなれば、通貨が仮にゲンやウォンに変わったら、その瞬間に紙切れです。
ありきたりな話に思われるかもしれませんが、私たちにとっていま本当に必要なことは、子や孫のためにも、これまで多くの日本人がくだらないとしてきた「義理、恩、おかげさま、国のために」という概念を、もう一度深くかみしめ、取り戻す必要があるのではないかと思います。
流行りの言葉に「自由」というものがあります。
しかし英語の「Liberty」は、なんでもありの自由とは意味が異なります。
英語圏で言われる「Liberty」は、むしろ「道義」と訳すべきものです。
だから自由民主主義は、本当は道義民主主義です。
なんでもあり、というのは「Freedom」です。
けれどこの言葉は、英語圏でさえ自嘲用語や不道徳の意味に用いられています。
いまさら「Liberty」を「自由」と訳した誤訳を訂正するのはむつかしいかもしれないけれど、自由を謳うなら、同時に「ならぬことはなりませぬ」という武士道の掟をも、私たち日本人は思い出す必要があるのではないかと思うのです。
公に奉じ、感謝の心を涵養し、恩を忘れず、義理に固い、そういう精神を取り戻すことこそ、いま日本にもっとも求められていることなのではないでしょうか。
幸食研究所 ひふみ塾
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