特攻隊出撃から70年 | ひふみ塾 世回りブログ

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特攻隊出撃から70年 彼らが私たちに託したものは ?

旧日本海軍の「神風特別攻撃隊」が初めて出撃してから25日で70年を迎える。・・
 


毎年10月25日、愛媛県西条市の楢本神社で「神風特攻敷島隊並びに愛媛県特攻戦没者追悼式典」が開かれ今年で40回を数える。
 
敷島隊は昭和19年10月20日、フィリピンのマバラカット飛行場で、海軍兵学校70期の関行男大尉=当時(23)、戦死後に中佐=を指揮官に5人で編成。
25日、レイテ沖海戦で敵空母群に突撃し、護衛空母セント・ローを撃沈するなど戦果を挙げた。当時の新聞は朝刊1面で「身を捨てて国を救わんとする皇軍の精粋である」と報じた。
 
関大尉は命令を受けた際「ぜひ、私にやらせてください」と承諾したとされるが、報道班員だった同盟通信の小野田政特派員は、出撃を控えた関大尉とのやり取りを回想録「神風特攻隊出撃の日」の中でこう記す。
「関は腹立たしげにこういった。『報道班員、日本もおしまいだよ。ぼくのような優秀なパイロットを殺すなんて』『ぼくは最愛のKAのために行くんだ。命令とあらば止むをえない。ぼくは彼女を護るために死ぬんだ。最愛の者のために死ぬ。どうだすばらしいだろう!』」
関大尉は当時、新婚5カ月。KAは海軍用語で妻を指し、その言葉からは苦渋に満ちた決断が伝わる。
 
特攻隊員が愛する者を守り、国の行く末を案じる気持ちが行動の芯であったのはまぎれもない事実だが、美辞麗句で片付ける前に、生への執着を断ち切るまでの想像を絶する努力と決断があったことは想像に難くない。
 




関大尉の母サカエさん


 
ところが、軍神とあがめられた特攻隊員に対する賛美は敗戦とともに影を潜め、遺族を取り巻く環境も一変した。
関大尉の母、サカエさんも、「軍神の母」からいつしか「戦争協力者の母」という批判を浴びせられる。
訪れる人もなく、衣類を闇米に代え、草餅を作って売り歩いた。晩年は西条市の小学校に住み込みで働き、昭和28年11月、還暦を前に亡くなる。
意識が混濁する床で、「行男の墓を建ててください」とつぶやいて息を引きとったという。
サカエさんが亡くなった際、戦時中は「軍神の母」につきまとっていた新聞記者が、「そんなもの記事になりますか。軍神がなんですか」と吐き捨てるように言ったという。
 




出撃前の特攻隊員(昭和19年12月)


  
自身も海軍特攻隊員で、出撃前に終戦を迎えた「敷島隊5軍神 愛媛特攻戦没者奉賛会」会長の寺田幸男さん(88)は、英霊への感謝の気持ちを奪った当時のメディアとそれに醸成された世論は戦後の日本の姿をゆがめたという。「成人式が済んでいないような若者がにっこり笑って死んどるじゃろ。そんなのは日本しかない。日本人は誇りに思わにゃあいかん。それを教えないから、今の子供はのうのうとしている」
 
特攻作戦はその後も、陸、海軍が沖縄戦などで大規模に展開した。沖縄に向けての出撃前に終戦を迎えた元陸軍特攻隊員で第194振部隊長だった堀山久生さん(91)=陸軍士官学校57期=は「国が負けかかっている時に、俺たちがやらんで誰がやるのか。やらなきゃいかんのです。そうしなければ国が滅亡する」と振り返る。
 
沖縄への出撃後に機体の故障などで帰投した元陸軍特攻隊員で、知覧特攻平和会館の初代館長、板津忠正さん(89)も「自分が死ななければ日本は救われないと信じている者もたくさんいた。私も『国のため、肉親のために死ねる』という満足感があった」と語る。
 
戦後70年近くたった日本の姿にいらだちを感じる関係者も多い。知覧飛行場から沖縄に出撃して散華した元陸軍特攻隊長の婚約者だった女性(95)は最近「あの人たちは何のために死んだのかしら。あの人たちの姿と思いを日本人は忘れてしまったのかしら。今の日本を見ると、かわいそうで仕方がない」と涙を流す。
 
鹿児島・万世飛行場から沖縄に出撃して散華した陸軍特攻隊員の実兄は「隊員の多くは子供達に古事記を読ませるように言い残すなど、教育の大切さを説いた。戦後、わが国は経済面で世界の牽引国に成長したが、なにか、大切なものを忘れてしまった」という。(2014.10.23 産経新聞)
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「あの人たちは何のために死んだのかしら。あの人たちの姿と思いを日本人は忘れてしまったのかしら。今の日本を見ると、かわいそうで仕方がない」
この言葉の重みはすごいと思います。この言葉を何とも思わない人は反日左翼か何も考えていない愚民くらいでしょう。
英霊たちは何のために命を捧げたのか。そして誰のために尊い命を捧げたのか。戦後教育ではこれをきちんと教えないのが間違いなのです。
 
戦後、GHQによって、そして占領後も左翼達によって、日本人は嘘を刷り込まれて、英霊たちの声なき声が正しく伝わらなくなり、何のために命を捧げて戦ったのかもわからなくされてきました。
 
「戦争は悲惨」「子供達を戦場に送らない」は「福島の子供の命を守りたい」と言っていた反日左翼と同じレベルですが、彼らは誰も子供のことなど真剣に考えてはいません。子供を利用しているだけなのです。
 
戦争はすべきではないのは当然であり、人の命も尊いのは当然です。しかし、その尊い命を捧げてでも国を守ろうとすることはもっと尊いことであり、そのことを教えるのが本当の教育でありましょう。それを教えずに自分勝手で自己中心的な「自由」や「権利」ばかり教えるから誰も国を守ろうとは思わなくなるのです。
 
靖国神社の春・秋例大祭や8月15日を迎えると、決まってマスコミは閣僚や総理に「参拝しますか」と聞きます。そして参拝すると「○○が靖国神社参拝した」と、まるで悪いことをしたように書きます。こんな国は日本だけです。
   
関行男大尉の遺書より。
「西条の母上には幼時より御苦労ばかりおかけし、不孝の段、お許し下さいませ。
今回、帝国勝敗の岐路に立ち、身を以って君恩に報ずる覚悟です。
武人の本懐此れにすぐることはありません。
鎌倉の御両親に於かれましては、本当に心から可愛がっていただき、
その御恩に報いる事も出来ず、征く事を御許し下さいませ。
本日、帝国の為、身を以って母艦に体当たりを行い、君恩に報ずる覚悟です。
皆様御体大切に。父上様、母上様。」
 




関行男大尉



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