わたしの為に書きます。
わたしは
ゲームのキャラクターじゃない。
もし私がマリオならたぶん土管入らない。
Bダッシュしない。
ほんとうのわたしは
クリエイター。
クリエイターが自らコントロールを使って遊んでいる。
だから早くその土管入りなよ。
クリボンふんじゃいなよ。
わたしは
葉っぱじゃない。
あの子と比べていい葉っぱ
あの子と比べて悪い葉っぱ
そんなのおかしい。
ほんとうのわたしは
大木
一つの大きなものからエネルギーをもらって生きている。
そのエネルギーを循環させて生きている。
どこからが生まれた?
どこからが死んだ?
生まれたのは自我
無くなったのものも自我
わたしは
映画の主人公ではない。
ほんとうのわたしは
映画を映すスクリーン。
映画が終わってもスクリーンはただ、ある。
どんなハッピーエンドの映画でもホラーな映画でも
ただ、映し出す。
どんな状態も静かに受け入れる。
裁かない。
映画を観ているとき、その役に入り込んでその主人公の人生になりきっちゃったりするよね。
でもその映画を観ているのが自分だ!
と気づいた時、ほっとしたり、
あー楽しかったって気づける。
そう、わたしは観ている側。映し出している側。
わたしは
不安、欠乏ではない。
自分以外の何者かになれる存在ではない。
本当のわたしは
神である。
愛である。
宇宙である。
無限である。
完全である。
万能である。
至福である。
わかってる。
でもさ、
それって忘れちゃうんだよね!!!
(笑)
だってあまりに優秀すぎるクリエイターによって(自分)作られたもんだから
リアリティハンパないんだもの!!(笑)
何回もマリオだと思い込むし
何回も葉っぱだ!と言い切るし、なんで私が木なんだよーーー!!どうみても葉っぱでしょうよ!!ってやってるし
何回も映画の主人公演じてるよ(笑)または勝手に脇役になってるよ。
何者かになろうと今でも苦しんでる。
葉っぱは葉っぱ。ただそのままで完全なのに。
それだけで美しいのに。
でも、わたしたちは
それがしたくてやってきた。
それをしたくて
わざわざ神であることを忘れてからこの世にきたんだよね。
でも、つらいよね!!
なんか息苦しいよね!!!
それでOKなんだけどさ!
もう一度
深呼吸してみて。
わたしは
誰?
この夢は
誰が見てるの?
いま、ここ
には
不安はない
不足はない
わたしは
このままで
ありのままで
うまくいっている。
そう、
悲しくても
悔しくても
ただ映し出すスクリーンなのだから
その映画が観たかっただけだから。
だから
大丈夫。
いま、しあわせだよね![]()
もししあわせと感じられなくても、
ぜったい大丈夫。
ココ。
読んでくれてありがとう![]()








