もう15年???
まだ?15年かな??
わたしは震災の前年の2010年に難病(特定疾患)と告知され痛みや痺れなどと闘い震災の起こる前の月の2月に大きな手術をしなと震災の前日に自宅に退院して来たのです。
痛くて痛くてベッドで寝ていたらあの震災が起きました。
家が潰れると思う恐怖から杖でやっとのことですぐ裏にある実家まで逃げました。
母曰く、壊れるのならうちが先だよと🤭まあそうかもしれませんけど1人で死ぬのとみんなで死ぬのとは全く違いますもんね。
わたしの住んでいるところは地震直後からずっと停電でしたのでテレビも付きませんしラジオも近くになかったけど手回しのがあってので一生懸命に回してなんとなくすごいのが起きてしまってのはわかっていましたが津波のことは知りませんでした。
あの日は地元の中学校の卒業式で中2だった長女は一旦帰って来ていてお昼を食べてまた学校にいて被災しました。
学校の方は停電がなくて津波の映像もしっかりとみてしまったそうです。
カセットコンロがあったので母がお粥を炊いてくれて明るいうちに食べて早めに寝ました。
そうしたら夜中の2時くらいだったから電気とテレビが付きその後はいろんな映像を目の当たりにしました。
夫は東京の中野区で働いていましたが会社の上の人が呑気😤で5時まで仕事してそうですよ。
それでもちろん‼️帰宅難民になりました。
金曜日で次の土日はお休みですがちょい動く電車に乗ったり歩いたりキックボード🛴(足蹴りタイプ)を持って行っていたので乗れるところはなったりして帰って来たのはどよの午後でした。
それからしばらくは自宅待機の状態でした。
わたしはというとそれから2回の大きな手術をして3年半もの間車椅子生活を余儀なくされていましたが今は何も持たずに歩けるようになりました。
でも転んだら一髪アウトなので普段は介護保険で歩行車や電動カートをレンタルしたのを使用しています。
もっともっと被害の凄かった地域の方からすれば大したことは無いと思われるくらいですかね。
今日は当時を思い出しまたお粥を炊いて食べようかなと思っています。