雨しか知らない・・・・!って感じですよね。
何で連休にテレビにかじりついて台風を気にして、はらはらしなくちゃいけなかったのか。千葉県って何か悪い事しましたか?罪なんかないですよ。
結局、同じ場所が三度冠水ですから。
幸いにしてうちは影響なかったけど、やっぱり車が波しぶきを上げ始めたら緊張するし、雨が降るとそれがいつ「線状降水帯」になるかわからないので、怖い。
1993年㋇27日以来だそうですよ。
1993年。忘れもしない。恐ろしい冷夏で米騒動が起き、雨が多かった。そしてこの年の6月9日に東宮結婚。
防災の日に水遊びとか、アジア大会に遅刻とかジブリとか、本当に神様の怒りを買っている事に気づかないのが当の本人。
どんなに酷評されても、「ダメだってば」と言われようとももう欲望のままにしか行動出来ないお二人は神をも畏れぬ不届きな・・という事になります。
新幹線が遅れても午前の視察を午後に変更してでもかけつけた悠仁親王は
と報道されました。それがまた悔しいんだろうなあ。
23日は東京で華子妃殿下が馬術を観戦。
総ブルーでもこちらは上品ですよ。
私は束の間の晴れ間に夫と二若君と「歩こう会」で東京スカイツリー駅から両国まで歩き、途中「塩とタバコの博物館」「東京慰霊堂」を見学してから江戸東京博物館に行ってきました。
12000歩以上歩いて、さすがに膝・・でもまだ歩けるんだなとほっとしました。
「塩とタバコ・・」は塩もそうですが、たばこの銘柄が知ったものばかりで、よく昔話に出てくる「嗅ぎたばこ」ってこういうのか~~と思ったり、二若君が「何で和名のたばこはもうないの?そっちの方がかっこいいのに」と鋭い事を言い。
最近、桃の「あかつき」も覚えましたがたばこの「暁」も復活希望。
喫煙室が長椅子になってて旦那は大喜び。広々とした喫煙室で副流煙を気にせずにしゃべってました。
東京慰霊堂の前に復興記念館も行きました。
関東大震災の時、貞明皇后はすぐに「妊産婦専用の医療機関」を設置させ、病院を慰問。摂政宮も馬で視察。
昭和の・・・戦前の方が女性が大切にされていたんじゃないか?と思うくらいきめ細かい。戦時中も「国の宝」という手帳がありそれって妊婦の手帳なんですよ。
何でもそういうものできちんと配給されていたとすれば戦前の政治も捨てたもんじゃないなと思いました。
私達、何度も震災の憂き目にあい、地震がくるたびに「今度こそ南海トラフ」ではないかとびくついています。
地震の後に火事が起きれば火災旋風となって広がる事や、津波の速さもわかります。
驚かないのです。
そんな世の中で生きているんだと思いました。
東京慰霊堂ではお線香を。
そして両国では「相撲推し」の女性方のすごいこと。宝塚と同じと感動。
江戸東京博物館は子供で一杯。何でも子供優先だから仕方ないけど、月に1度くらい「60歳以上限定」の日を儲けて欲しい。全然体験できないもの。
二若君は江戸時代の暮らしを面白いと思ったようです。
私はたとえ長屋暮らしでも、毎日黄表紙買いに行ってたかも。歌舞伎好きになっていたかも。
合理的な江戸時代の暮らしは大いに学ぶべき所があります。
そして昭和の文化住宅。
あれは狭いんですね。ゴミをぽいっと捨てられる所はいいかも。
でも一軒家の方がいいな。
そんなこんなで歩き倒した一日でした。






