お忙しかったですね。秋篠宮両殿下。
無事に帰国されました。
ネックレスとブローチを変えたのですね。黒にもいろいろありますが、本当に素晴らしい喪服でした。
その頃両陛下はまた閉館後に・・・・
レンブラントを見に。何で?わざわざ興味ないのにと思うけど「当たりや」だから仕方ないか。
で、翌日。
突如愛子内親王が秋篠宮邸に。紀子様の還暦の祝いの為に駆けつけたんだとか。
「私が主役よ」といういで立ちでいらっしゃる。
その後妃殿下は皇居にご挨拶に。
9月11日。紀子妃殿下は還暦になられました。
節目の歳とはいっても、昔のような赤いちゃんちゃんこって感じではなく、まだまだこれから働ける年齢ですよね。お子様3人、孫一人という恵まれた方です。
「再び午年がめぐり、還暦を迎えました。
この長い歳月
には、家族や友人、出会う人々との思い出があり、支えられ、教えられ、学ぶことが多くありました。
家族や友人とうれしいことや悲しいことを伝え語り合うこともあれば、静かに思いを深めることもあり、また手仕事の仲間と刺繍や機織りなどをすることも、私にとって大事な時間でした。
今日という日を迎えられましたことに感謝しながら、今というときを大切にし、これからも学びつつ、つながりを紡いでいくこと、また新たなことにも取り組むことができましたらと思っております」
ご家族は勿論、お友達が多い紀子様は、そういう方々との交流が活発化しているようですね。
刺繍と機織り・・・まさに私もやりたい事の一つですが、これが紀子様のメンタルにどれほどよい影響を与えたか。
「結婚した頃は、初めてのことばかりで無我夢中ですごしたように思います。
皇族として、宮中における諸行事をはじめ、都内や遠出をしての式典への出席、さらに外国を訪れたり、海外からのお客さまをお迎えしたりと緊張の連続でしたが、宮さまがそばにいらしてくださり、いざというときにサポートしていただいたこともあり、心強かったことを覚えております。
結婚当初から、上皇上皇后両陛下には長くお導きをいただいており、天皇皇后両陛下や黒田清子さまには折々にお優しく親しくしていただき、深く感謝申し上げております。そしてこれまで多くの方々に支えられ、励まされてきたことを大変ありがたく思っております」
「宮さまとご一緒に、自然災害で被害を受けた場所を訪ね、被災された方々にお見舞いの気持ちを伝えることも大切にしてきました。
また、戦没者を悼み、花を手向けたり、戦争を経験した方々のお話に耳を傾けたりすることもありました。
先の戦争を体験していない世代として、当時のことを学び理解を深める機会をこれからも持ち続けることができましたら、と思っております」
「結核予防会や母子愛育会の総裁として、また、お代替わり後は献血運動の推進の行事に携わる立場として、医療・公衆衛生や母子保健の関係者と協力しながら、さまざまな課題に取り組んできたことです。各地の結核予防婦人会、愛育班と保健師、赤十字奉仕団などの方々が人々のくらしや健康を気遣うお気持ち、活動にかける意気込みや情熱にふれることは、私が仕事に向き合うときの力になりました。

また、11年前の春より、京都の尼門跡寺院である大聖寺の「大聖寺文化・護友会」の名誉総裁を務めるようになりました。歴代の皇女様方が愛用されたお品、皇室ゆかりの宝物を総会の折などに拝見し、年中行事や茶道、香道などのお話をご門跡さまから伺う機会もあります。そうしたご縁を通じ、近年では奈良や京都の尼門跡寺院のご門跡さま方との交流もあり、歴史的建造物や美しいお庭、文化財を守るための専門家にお会いすることも増え、自分の世界が広がっていることをうれしく思っております」
36年前の結婚の儀の折に、京都の衣紋方の皆さまに装束の支度を手伝っていただいたことも印象に残っています。平成から令和へのお代替わりのとき、即位の礼、立皇嗣の礼でも、同じ衣紋方のお世話になりました。以後の宮中祭祀の殿上拝のときには、衣紋や結髪の技を受け継ぐ人たちの助けを得て支度をしています。このような方々のお支えによって祭祀という大切な務めをおこなうことができることをありがたく思います。



つづく・・・・To BE continue


















