皇嗣家
7月9日~10日・・・妃殿下 → 鳥取県訪問
・伯耆みらい訪問
・鳥取県立日野高等学校
・県勢概要聴取
・施設概要・血液事業概要
・昼食会
・「第62回献血運動推進全国大会」出席
・博愛こども発達・在宅支援クリニック訪問
7月13日・・・両殿下・佳子内親王 → 宮中茶会陪席
両殿下 → 「2026年度日蘭協会懇親会」出席
7月14日・・・両殿下 → 国際緊急援助隊帰国隊員に会う
7月15日・・・両殿下 → 離任在京オマーン大使に会う
離任在京英国大使及び同夫君に会う
皇宮警察本部長表彰の永年勤続功労者に会釈
天皇家の日程更新はなし。静養してますので。
ネットの中では相変わらず「36親等」という言葉を繰り返し「わかりません」となる話ばかり。
こんなにまでして「愛子内親王」をあげて「愛子天皇」にしたい・・・こういう事に振り回された日本人の歴史ね。
昭和34年。突如現れた美女。爵位とかないけどとにかく美人でテニスが好きで頭もいい。
「民間初」の皇太子妃と持ち上げられ、国民の絶大な人気をほこりました。
あれこそが今でいう「国民の総意」だったんではないかと。
その結果、どうなりました?
湯水のごとく使われた税金の中の衣装の部分・・あれどうなってるのかな。
ほぼ毎年のように海外へ行き、夏は軽井沢。
そんなセレブな生活が容認されたのも昭和だったから。
平成になって一気に評価が変わってしまう。東宮妃選びを息子の好きにさせた結果、先帝をないがしろに。
まるで復讐のように皇居の林は切り倒されて新宮殿が出来上がる。
狡猾な彼女はバッシングされると倒れ、火消しがうまい。
出来の悪い東宮妃をかばい続け、忠実で真面目次男嫁を排斥。
お陰で皇統が繋がらない恐れが出てきて、40年ぶりに親王が生まれてもその功績を称えたりしない。
退位しても東宮御所を占拠し、「皇嗣」はただの皇嗣という左翼に言い訳を与えてしまう。
高市政権の「養子の子が云々」はあくまで悠仁親王が結婚できず、子供も生まれなかった場合へのリスク回避であって、今。女帝を否定したとかなんとかではない。
愛子内親王が女帝になれるほど頑張っているなら、今回の静養はしないだろうし、いつも「パパとママ」に囲まれていないとダメという話もないと思う。
何もかも24歳にしては・・・が付きまとっているのに、それでもアゲアゲするのは本人が可哀想です。







