皇嗣家
8月23日・・・佳子内親王 → 大阪府訪問
・日本館視察
・ギャラリーEAST視察
・ブラジル館視察
・ペルー館視察
8月28日・・・両殿下 → 離任在京エジプト大使夫妻と会う
天皇家の更新はなし。静養だから更新しないのはわかってるけど、天皇陛下には仕事があるんじゃ。御用邸でやるくらいならずっとそこにいたらいいわ。
8月23日 上皇夫妻キャベツ畑に
農家に行くのがお好きな二人。お茶と漬物頂いて軒先で満蒙開拓の話でもしているんでしょうけどね。着た切りスズメのお姿はやめて頂きたい。
普段着だって沢山あるでしょうにね。
皇嗣両殿下 エクアドル大統領夫妻と会う
29日、皇嗣両殿下はエクアドル大統領夫妻と懇談。
紀子様、服の方が大きくなってる。
やせられたのでしょうか。少女のような佇まいですよね。
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本当にもうすぐ悠仁殿下の加冠の儀ですが、ここまでの道のりの長かった事。
そう思いませんか?
本来は1年前にやらなければならなかったのに、引き延ばし引き延ばし・・・本当に天皇家というのは意地悪なんだと思いました。
2004年、紀子様のご懐妊が発表されると、女帝を画策していた小泉首相はそれを棚上げにしました。
その代わり、週刊誌やネットが秋篠宮家を誹謗中傷し始めました。
むごかったのは、AERAだったと思いますが、長男の嫁達にインタビューして
「そこまでして男の子が欲しいか」みたいな見出しを付け、家父長制度を否定し、紀子様の懐妊を中傷しました。
意地悪でしょう。「そこまでして」っていうのは。
何が何でも秋篠宮家に男子が生まれては困ると思っての事で、「雅子様へのプレッシャー」と言い募りました。
秋篠宮家は宮家の後継ぎとして、本来は2人くらい男子が欲しかった所。
紀子様は何人でも産む覚悟でいらっしゃった。お子様は大好きな一家だし。
でも、12年も産児制限をかけた美智子皇后は、まさに自分の意思で皇室をつぶそうとしたとしか思えません。
そもそも「第2子を産まない」選択をしたのは雅子さんで、回りは「まだいける」と思って居たんですから。
「女の子でもお父様が天皇にして下さる」とでも思って居たのでしょうね。
御年15歳の眞子様はどうして急に紀子妃が誹謗中傷されるようになったのか、さっぱりわからなかったと思います。
また、恐らくはデリケートな部分で随分色々言われたと思うのです。
眞子様は公務をされるようになってから、とにかくポーカーフェイスを通され、体調がどうでも完璧にこなされたのは、真横に「体調の波」を使う皇太子妃がいたせいであり、「ああはなりたくない」の一心だったと思いますし、ご両親には心配をかけたくなかったんじゃないかと。
この時点で宮内庁が「誹謗中傷はやめよ」と止めなかったから、一層傷ついたと思います。
紀子様はご懐妊されたといっても公務を休まず、前置胎盤と言われるまで頑張りました。
前置胎盤は、出産まで絶対安静にしていないと、いつ大出血を起こすかわからない状態なのです。
なのに皇太子一家がオランダに出発される前の日に入院という事で「雅子様に迷惑をかけた」と女性誌は書きました。
3人目で40歳の出産というのは体調が前2回とは全然違って、まずその事に戸惑うし「何で今回はこんなにだるいのか」とか「何かおかしい」とかいつも不安なものです。
入院してからの紀子様はご出産まで本当につらい日々をお過ごしで、その結果の悠仁殿下誕生だったのです。
まあ、ネットでは「紀子様の前置胎盤。これは絶対男子です!」という言葉があふれていました。「私もそうでした」という人が一杯出てきて、私も思わず「そうかな。そうなのかな」と思いながら必死に祈っていたのです。
だけど、帝王切開の朝までつまり9月6日、あの日の朝の落ち着かなさと言ったらありませんでした。
内親王でもいい。でも出来たら親王殿下・・いや、やっぱり期待したらがっかりするし。
速報で「紀子様男子出産」を見た瞬間、私は部屋で一人泣きました。
こんな奇跡が起こる事があるんだと。
日本はまだ大丈夫だと。
で、テレ朝の渡辺アナが「おめコメいる?」って言ったのはははっきり覚えています。無礼でした。本当に。

号外も出たし、小雨の中国民の奉祝行事がありましたよね。
本音は「よかった!」だったんですよ。
この時の皇太子のコメントは「無事に手術が終わりますように」というもので、生まれる前に出したコメントじゃない?と思いました。
今度の誹謗中傷は「産み分けした」というもので。
産み分けなんてそうそうできるものではないのに。
女性が女性を虐めるというひどい形になってしまいました。
悠仁殿下はそんな荒れた世の中の一筋の光だったんですよ。
今回、真子様は帰国されませんが、赤ちゃんを抱くお姿に貫禄と「慣れ」がみえました。きっと親王殿下のお世話を一生懸命されたがゆえにご自分がお子様を産んでも大丈夫なのでしょう。

















