ウダルチ隊長チュンソクは
市中をお忍びで見聞したい
と言う好奇心旺盛な王様の
警護のため
任務についていた
凍てつくような寒さとは
今日のような日のことで
王様の気まぐれも
もう少し春になってから
でもよかろうに・・・と
チュンソクは
内心思ってはいたが
もちろん口に出すことはない
首元に巻かれた襟巻きを
鼻まで引き上げ息を吐いた
ウダルチの今回の任務は
後方支援で
テマンの組みが
王様から二十歩距離を置き
円陣を組むように
王様を見守っていた
チュンソクは全体を見回しながら
王様とそばに控える上官に
目を配る
上官は言わずと知れた
チェヨン上護軍だ
チェヨン一人がいれば
ウダルチが任につかずとも
問題ないように思えるが
そこはチェヨンの
差配なのだろうか?
チュンソクは
少し離れたところを
歩いている二人を凝視した
周りに怪しい人影はない
民に紛れてもわからぬようにと
二人とも地味な出で立ちで
まるで兄弟のように
楽しげに話しをしながら
歩いていて
なんだか羨ましい気がした
今でこそ
王妃様や大妃様
お子様達に囲まれて
お幸せそうな王様だが
考えてみれば王様も
かつては天涯孤独なような
お立場だった
先王の兄は悪評高く
チェヨンの仇とも言える人物
大妃様とは疎遠なまま
元国で成長され
王妃様と結婚した後も
しばらくは不仲に見えた
だが孤独が二人を
引き寄せたのか
上護軍と王様はどこか似ている
ような気がする
チュンソクはふと
そんなことを考え
王様に対して不敬であろうか?
と顔をしかめた
二人はどんな話を
しているのだろう?
物価や民の暮らし向きを
話しているようには
見えなかった
時折 王様の
笑い声が聞こえるあたり
互いに妻贔屓で有名だから
互いの妻の自慢話だろうか?
チュンソクもチェヨン同様
多くの王に仕えてきたが
現王になってから
国の秩序も政治も安定し
たいそう強い国になったと
しみじみ思う
もちろん
ここまで至るには
数々の血が流れた
が
その者達の思いや志は
決して無駄ではなかったと
チュンソクもウダルチの仲間も
何より 上官チェヨンも
思っていることだろう・・・
王様に命をかけて
お仕えすることは
高麗武士の誉れ
ようやくそう思える王様に
巡り会えた気がした
王宮を抜け出し
つかの間王様のお忍びに付き合う
そんな穏やかな時代になったのだと
チュンソクはしみじみ実感し
そうして
二人が飯屋に入り
腰を落ち着けたのを確認し
あたりを見回した
すると
見慣れた顔が目の端を横切った
ん?あいつ
血相変えて
何やってんだ?
チュンソクは訝る・・・
今日は嫁の出産で
休みを届け出ているトクマンが
部下には見せられないような
取り乱した顔で
店から店へと走っているのだ
そばにいるテマンも
気がついたようで
チュンソクに目で合図を送った
チュンソクは片手を上げ
テマンに現場を頼むと
トクマンのもとへ急ぐ
当然 その慌ただしい気配に
チェヨンも気づいていたが
ちらりとチュンソクを
目で追うと
素知らぬふりで
王様と談笑を続けている
チュンソクはものすごい
勢いで走るトクマンの
腕を掴んで引き止めた
トクマン 待て
お前 何事だ?
嫁の出産に立ち会うのでは
なかったのか?
たったっ
隊長〜ぉ
大声をあげたトクマンの
口を急いで塞ぐと
店の陰に引きずり込んで
チュンソクはあたりを確認した
嫁の出産に立ち会うという理由で
休みを許可した上官チェヨンを
部下に甘いとか
嫁に頭が上がらぬとか
揶揄する者が
王宮の中に多いのも事実だ
それに加えて
ウダルチ副隊長が
市場を泣きそうな顔で
駆けずり回っていたなどと
噂にでもなったら
体面に関わるというものだ
チュンソクの問いに
トクマンはもごもごしながら
窮状を訴えた
ナナ 今 必死で
頑張ってるのに
俺 何もしてやれなくて・・・
その上
ナナが所望したキュルさえ
俺 昨日
一人で食ってしまって・・・
なんて男だ・・・
自分の不甲斐なさに
呆れて泣けてくるんです
ああ そういうことか
チュンソクは
合点がいったように頷いた
どうしたらいいです?俺?
ナナのためにキュルを
見つけてやりたいのに・・・
トクマン
あのなぁ ナナ殿が今
一番 所望しているのは
本当にキュルか?
お前はどうして物事を
一面でしか見ないのだ?
ナナ殿の思いを
胸に手を当て考えろ
初めての子を産むのだぞ
え?・・・あっ!
俺・・・俺・・・
トクマンはハッとした表情で
チュンソクを見つめた
あああああ
ほんと 何やってんだ 俺!
屋敷に帰ります
ナナのそばにいなくちゃ!
隊長
ありがとうございます
チュンソクが苦笑しながら
トクマンを見送っていると
いつのまにかチェヨンが
隣に立っていた
何をやっておるのだ?
あいつは?
はあ・・・
トクマンなりに出産に
立ち向かおうと
しているのでしょうが
どうにも気持ちだけが
先走っているようで
些細なことに
取り乱しておりました
チェヨンはクッと
喉元で笑うと言った
まぁ 焦る気持ちも
わからんではないが・・・
生まれてくる子が
トクマンを父親として
育ててくれるであろう
俺もそうだ
日々育てられているぞ
某もでございます
チュンソクは
二人の息子の顔を
思い浮かべ
目尻を下げて答え
チェヨンは
チュンソクの肩に
とんと手を置くと笑った
さて 市中見物も
堪能されたご様子ゆえ
そろそろ王宮へ
戻るとするか
王妃様がお待ちであろう
はっ!
ーーーーーーー
ナナ
ナナ〜
ナナ
ナナ〜〜〜〜っ
まだ産むなよ
まだダメだ
俺
ちゃんと立ち会うから
待ってろよ〜〜〜
トクマンは空を見上げ
念じながら
自分の屋敷を目指して
走っていた
凍晴れの空はどこまでも
青かった
が
トクマンがキュルを探しに
屋敷を飛び出してすぐに
ナナは破水してしまっていた
ユ先生
私まだ産みません
トクちゃんを待ってます
ねえ いい子だから
もう少し待ってて
お願いよ
ナナが息を止めて
顔を歪めた
そうは言っても・・・
待てと言われて
お産は
待てるもんじゃないのよ
途中で止めるわけには
いかないし・・・それに
もう頭が見え始めているもの
ほら 息を逃して・・・
深呼吸よ ナナちゃん
ああ 困ったわねぇ
トクマンさん
どこまで行ったのかしら?
でも・・・
とにかく ナナちゃん
トクマンさんのことは
あとで考えるとして
赤ん坊のことだけ考えて!
無事に産むの
おっけ〜?
薬が切れたのか
ウンスの頭痛はまたぶり返し
気をぬくとウンスの方が
倒れ込んでしまいそうで
ウンスは気合を入れて
ナナの手を握った
大丈夫
私が付いているわ
元気な赤ん坊を産んで
トクマンさんに
会わせてあげましょう
はい・・・
ユ先生 すみません・・・
トクちゃん・・・
待てそうになくて・・・
ごめん・・・
ナナは口を真一文字に結び
覚悟を決めたように
いきんだ
もうすぐ もうすぐ
我が子に会える
トクちゃんとナナの子に・・・
ンンンンんっ〜〜〜っ
よし いいわ
上手よ ナナちゃん
ウンスの励ます声が
だんだん遠ざる気がした
無の状態で
腹の中にいる赤ん坊と
ひたすら呼吸を合わせて
外へ導き出そうとするが
苦しい・・・痛い・・・
頭の中に閃光が走り
キラキラとしている
意識が遠くなった
だれ?
私を呼んだ?
ユ先生?
違う・・・もっと太くて
優しい声・・・
バカねぇ 泣いてるの?
トクちゃんでしょう?
トクマンは出産に
どうにかこうにか
間に合ったようで
部屋に駆け込んでくると
ナナの枕元で手を握り
感極まったように
泣き出した
ナナ ナナ
しっかりしろ!
俺を置いていくな
キュルをつまみ食いして
悪かったよ
俺もう金輪際
キュルは口にはしない
だから神様仏様
子宝神様
どうか
俺のナナを助けてください
どうか
俺の子を助けてください
無事に産まれろ〜〜〜〜〜っ
ナナはトクマンの声を聞き
安心したのか
ふっと力を抜いた・・・
その瞬間
するっと
よし よしよしよし
産まれた!
生まれたわ
おめでとう
ナナちゃんトクマンさん
母上と父上ね
トクマンはウンスに
声をかけられても
ナナ以上に茫然として
天井を仰いでいた
ほら トクマンさん
しっかりしてよ
父上でしょう?
へその緒 切るって
張り切ってたじゃない
ああ はい
はい・・・そうだった
はい 切ります!
切ります!
我に返ったトクマンが
ウンスに渡された小刀で
パチン
と
母体と赤ん坊を切り離すと
赤ん坊は
ようやく元気な産声をあげた
目元がトクマンによく似た
丸々とした女の子だった
*******
『今日よりも明日もっと』
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