今日は③です。前回の続きです。

 

②はこちら

 
 
 
 
私に お兄ちゃんがいたこと。
 
 
そして 母は その兄を亡くした悲しみを 父と
 
分かち合いたかったのに、できなかった。
 
 
 
それが 父と母との 溝になったのかもしれません。
 
 
 
父も 自身が小さい時に実父が亡くなり
 
継父と暮らしていたので、
 
父親 というものの愛を知らなかったのかも
 
しれませんね。
 
 
 
 
私に子供が産まれてから、
 
おじいちゃんになった父は、もう私達姉弟が
 
知っている父では なくなりました。
 
 
孫に対して 赤ちゃん言葉を使い 
 
追いかけて 構いたがる父を
 
見て、私も弟達も びっくりしました。
 
 
だって、私達が知っている父は 厳しかった❗️
 
(実際は、私だけは 小さい頃可愛がってもらっていた記憶はありましたが)
 
 
そのことを弟2に問われた父は
 
「 厳しく育てないといけないと思っていた。」
 
と答えていました。
 
 
父も不器用だったのですね。
 
 
子育てが終わって 責任がなくなって
 
本来の明るい父に戻ったのでしょうか。
 
 
そして 父も寂しかったのかもしれません。
 
どうやって愛したらいいのか
 
知らなかったのですね。
 
 
 
義母(私の祖母)と同居してからは 
 
蚊帳の外みたいになってしまったのかもしれません。
 
 
 
今となってそう思えるけど、
 
中学生の当時は 全く理解できませんでした。
 
 
なぜ 父が生きていて、母が死んでしまったのか
 
理解できず、父を憎んでおりました。
 
母にも 
 
「なぜ私たちを置いて死んでしまったのか」
 
と、 泣いてばかりいました。
 
 
どうやら わたしは その時に 、
 
気持ちを押し込めてしまうこと、
 
感情を出さないことを 
 
覚えてしまったのかもしれません。
 
 
 
押し込めてしまうと、あとで ものすごい歪みが
 
出てくるのですね。
 
 
自分自身だけではなく、
 
それを見ながら一緒に暮らしている
 
旦那さんや 子供達にまで
 
感情は出してはいけない。と、
 
無意識に教えていたことになります。
 
 
 
そして、感情を抑えることに エネルギーを使ってしまい、
 
 
他のことが おろそかになってしまうのです。
 
 
 
それが、現れていたのに気がつかず、
 
重ねに重ねて、
 
やっと やっとわかってきた次第です。
 
 
こうやって、人の手を借りて。
 
 
 
 
 
 
またまた 纏まりがありません。
 
やっと鑑定の録音を少しだけ聞けるようになりました。
 
聞けば聞くほど 鱗がポロポロ…
 
涙もポロポロ…
 
 
 
 
少しづつ、少しづつ 書き留めていきます。
 
きっときっと 私と同じような方がいるはずなので。
 
 
 
 
④ へと続きます。
 
 
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